間話 吸血鬼少女の独白
文字数 987文字
わしはあの日、きっと血を吸うことができなかったらあのまま、あそこで野垂れ死んでいたのじゃろう。わしとて、死にたいと思ったことなどありはせん。
じゃが――あそこで死ぬ覚悟がなかった、というわけではない。
最初、やつがわしの目の前に現れた時、本当に助かったと思った。いい鴨が来たと、そう思った。
そして体力がギリギリのわしは、闇討ちを狙うために、こざかしくも最初は極めて平凡な少女のふりをした。空腹を我慢して、笑顔を貼り付けた。そして、人の良いあいつは、すぐに騙されて―わしに血を吸われた。
じゃが、餓死寸前のわしではあの男の振り解く力には敵わず、逃げられてしまった。
わしは――本当に死ぬのじゃと思った。
このまま死んで、無となりもう一度「家族」にも会えぬまま塵となるものかと本気で覚悟した。
―それなのに、やつは帰ってきたのじゃ。
あの時は、喜びやらよりも困惑が優っていた。本気でわからなかったのじゃ。
何を考えているのか。
何が目的なのか。
わしをどのように利用しようというのか。
じゃが今になって思えば、あやつに打算などはなく、ただ目の前でわしが死ぬのを見ておれなかっただけだとわかる。
いっときはわしに好意を抱いているのかもしれん、なんて馬鹿なことを考えたが……うん、それだけはないの。わしから願い下げじゃ。
わしは今――幸せなのじゃろうか。
毎日うまい血が少量ではあるものの、手に入る。
つまり餓死する可能性はなくなった。それに家もあるし、テレビもある。今だってこうしてベッドで眠ることが出来てる。
奴に会う以前のように、山で寒さに凍える必要も無くなった。
確かに、「家族」と暮らしていた時、に比べれば何かと不自由は多いが、それでもいい暮らしであることには違いない。
「…………貴様は……わしを生かして良かったと思うか?」
わしは隣で眠る人間に尋ねる。
無論、こやつは寝ているから答えるはずもない。
でもきっと彼なら「良かった」と一言ぶっきらぼうに言ってくれるのだという確信が、なぜかあった。
そして、わしは彼の眠顔を見ながら――初めて口にした。
「………わしは、今生きていて良かったと、心から思っておる―――ありがとな、春樹。」
言葉という形になった、感謝を。