バラシ

文字数 1,566文字

 色々な準備や片付けを男性陣2人がほとんどやってくれて、私は服だけやる気がある女で終わってしまった。周囲には私たちのようにブルーシートを広げ、満開の桜をほどほどに眺めつつジンギスカンに舌鼓を打つ人に溢れていた。

 公園の出口で新人くんと別れ、夕日に照らされながら彼と2人で歩く。あれ、付き合ってから初めてプライベートで逢うかもしれない。会社で一緒にお弁当はたまに食べていたけれど。もしかして私が緊張しないように新人くんも呼んだのかな?

「今日、楽しかった?」
「うん、場所の予約とか食材の準備とかありがとう」
「いいのいいの、俺がやりたかったから。あの、さ、手繋いでもいい?」
「いいけど。あ、待って、手汗酷いかも拭かせて」
「させない!」

 楽しそうに言いながら私の右手を掴む。恥ずかしさが込み上げてきた。慣れない。風は冷たいのに、身体は熱い。今までの人とも、外で手を繋いだり腕を組んだりしなかったし。自分が一番わかっている、可愛げがない女だと。

「明日の予定は?」
「うーん、パソコンの勉強しなきゃと思ってたくらいかな。あとお掃除と、布団とか大きいもの洗いにコインランドリー行きたいな」
「それさ、俺、必要じゃない?」
「……え?」
「高い所のホコリとったり、布団運んだりするの、俺居た方が良くない?」

 彼の方を見ると、私より背が高いはずなのに上目遣いでこちらを見ていた。そんなこと今まで1人でやってたし、1人でできるとは……その顔では言いづらい……。

「そう……かも?」
「だから、今日泊まっていい?」
「私の家?」
「そう。そしたら朝からお掃除できるでしょ?」
「でも、心の準備が」
「……なーに想像してるの?」
「し、してない!!」

 繋いでた手を離して二の腕あたりを叩くと、かわいいなぁと頭を撫でられた。ドキドキはする。でも、「好きなのか?」と訊かれたら、同期として好きだと思う、と答えるだろう。多分彼にいま浮気されても何とも思わないかもしれない。不倫だったらやめとけくらいは言うけれど。クビになられたら、仕事に支障が出る。

「俺のこと考えてるの?」
「自分に自信あるのね」
「だって、会社一の才女の彼氏になれたんだよ?自信満々になるでしょ」
「……私、窓際族なんですが」
「それは、意図的にそうしてるだけでしょ?」
「まぁ、うん」
「大丈夫。パソコンの資格とったら、すぐに転職サポートするから」

 彼の友人が働く会社で、完全在宅の求人を出すか検討中らしい。それの募集要項に私がいま勉強している資格を持っていることが条件に書かれるとか。もう既に私の存在について彼が友人に話すと、かなり好感触だったとのこと。ビジネスマナー系の資格をほとんど全部持っていて良かった。

「でも、本当に会社で何やってたかとか訊かれたら、ダラダラしてたとしか」
「新人くんのお世話してるでしょ?」
「正式な教育係では無いよ?」
「言ったもん勝ちでしょ。実際あの課長、全然育ててないし」

 付き合ってみて気がついたのは、彼は意外と毒舌。そのことを言うと「好きな人に毒舌全面で出さないでしょ?」と首をかしげながら言われた。なんか人間らしくて良いなと思った。

「そうだ、冷蔵庫に使い切りたい食べ物あるから、俺は1回家寄って泊まる準備してからそっちの家行こうかな」
「じゃあ、私はその間に帰って掃除機だけ軽くかけるね」
「お願いします。じゃあ、こっち曲がったら早いからこっち行くね。茶色のマンションだったよね?」
「そうそう、ドラックストアの横の」
「了解、また後でね」

 私の頭をポンポンと2回触って、彼は小走りで桜が舞う路地裏の細道を走っていってしまった。女慣れしている、と彼に直接言ったら怒られるだろうか? すごく女性が喜びそうなことを照れずにするなぁと感心してしまった。この人と付き合ってるのか、私。なんか、現実味がないや。
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