第1話

文字数 2,099文字

 今日も店員に案内された部屋の戸を開けると、彼の方が先か部屋に入っていて、「お疲れー」と上目遣いで小さく手を振ってくれた。仕事ができる彼らしく、私がいつも飲むハイボールと、2人とも好きなクリームソースのニョッキはもう頼んでくれていた。 

 女性としての魅力ゼロな私と、目の前に居るあざとい系イケメン男子の関係は、会社の同期である。それ以上でも、それ以下でもない。部署が同じなわけでもないのに、入社してからずっと月に一度、駅から近いこの個室の、イタリア料理がメインの居酒屋で、お酒を飲みながら雑談をする。

「そういえば、そっちの歓迎会も来週なんだっけ? 俺の所は海鮮系の大衆居酒屋らしい」
「私は行かないから、よくわからないんだよね」
「また断ったの? 課長に怒られない?」
「別に。昇進とか考えてないし、定年まで良い感じに過ごせたら、それでいいよ」

 そういえば、今日から4月か。全然気にしていなかった。確かに近くの席に見覚えのない顔の子が最近座っていると思った。あの子も確か顔が整っていたな。……目の前の男に比べたらそこまでだが。

「俺の顔に何かついてる?」
「いや、うちに来た新人くんがかっこいいって話題になってたから、うちの代のイケメン枠の顔を見ていた」
「何それ。人の顔に興味あったっけ?」
「別にないけど、世の中の人ってイケメン好きだよね」
「まぁ、ありがたいことに得したなって思ったことはあるよ」
「そういう謙遜しない所、好きだよ」

 私がそう言うと、「調子狂うなぁ」と言いながら、彼は早くも白ワインを飲み干していた。私も続いてハイボールをあけて、店員を呼ぶボタンを押した。注文は彼に任せ、扉が閉まると彼は思い出したように口を開いた。

「そういえば、新人研修終わったあとに関西の支社に1人だけ飛ばされた女の子、来週の新人研修終わって新卒の子に引き継ぎしたら寿退社するって。退職予定日、ゴールデンウィーク前くらいかな」
「いよいよ同期に同性が居なくなったかぁ」

 新人研修は数年前のことだが、何となく覚えてる。みんなでしんどいと言い合っていた時でも、毎日メイクの手を抜かずに可愛らしかったもんな。いつもお菓子みたいな甘い香りの香水をつけていて、流行りらしいワンピースを着こなしていて、ブランド物にも詳しかった。……他人に興味無いようで、同性の容姿や言動を観察してしまう癖はやめた方がいいなと我ながら思った。

「貴女が帰って来れる場所を作ってあげたいな」
「急にどうしたの?」
「2年くらいこうやって飲みに行く関係だったけどさ、俺、それ以上の関係になりたいんだよね。俺と付き合って欲しい」
「失礼しまーす! ハイボールのお客さまー!」

 空気を読まない店員に心の中で感謝した。私と目の前のイケメンが付き合う? ないない。ありえない。酔って変なこと言ったんだろう。お酒を受けとって扉がまた閉まったので、何もなかったかのようにお酒を飲みながら別の話題を振ろうとした刹那、相手がハイボールのジョッキを持っていた私の手に触れる。

「俺、本気だからね?」
「……マジ?」
「大真面目。ずっと恋愛関係の話しても興味なさそうにしてたから言わなかったけど、今、同期の話をした貴女は、寂しそうな顔をした。だから言った」
「気のせいだよ。もしそう思ったとしても、私は恋愛はもうしないし」
「どうしてそう言い切れるの?」
「恋愛向いてないし、私が恋愛をするメリットがわからないからだよ」
「向いてないって言い切れる?」
「今まで付き合った全員に言われてるから、そうなんじゃない?」

 そう言うと、彼は頭を抱えていた。でも、すぐにハッとして私の顔を見つめる。個室とはいえ居酒屋、いつも賑やかな声やBGMが流れてるのに、今は何故か全然耳に入ってこない。

「1週間後、またここで飲まない? 俺奢るから」
「どうして?」
「俺がプレゼンする。貴女が俺と付き合うメリットを」
「……私に、そこまでする?」
「大好きな人と結ばれるなら、できる限りの努力はするじゃん。」

 今まで仲の良い同期ポジション貫いてたから説得力ないか、と笑いながら言う彼の顔は冗談を言っているようには見えなかった。なんと言えば良いか困っていると急に店内が暗くなり、どこかから「ハッピーバースデー!」という言葉と誕生日をお祝いしてる風の英語の曲が聞こえてきた。

「ここ、そういえば事前に頼んだらこうやってサプライズケーキ用意してくれるんだったね」
「そうだったっけ? 私覚えてないや」
「初めて来た時に急に暗くなってびっくりしてたじゃん」

 お酒が入った脳内を可能な限り過去へと回転させようとしたが、関心がないことは覚えていられない人間なので、無駄だと思ってハイボールを口に運んだ。

「ねー、諦め早くない?」
「無理だよ。だって誕生日とか記念日とか覚えてられない人間だから」
「……元カレともそれで揉めたんだ」
「まー、そんなこともあったね」
「今までの人となんで付き合ったの?」
「えー、全員告白されたからかな?」

 店内が元の明るさに戻ったのでニョッキにフォークを刺すと、だらーんとチーズが伸びた。そのチーズを見て、なぜか私みたいだと思った。
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