第2話

文字数 1,505文字

 2年前の4月に入社したということを、3日前のイケメンとのご飯で思い出した。つまり、私は働き始めて3年目。2年も月に1度ご飯に行く関係だったのか。

「お疲れー、今日の歓迎会、本当に来ないの?」
「お疲れ様です。行きませんけど、何かありましたか?」

 定時になる少し前、トイレへ行くと洗面台で化粧を直していた課長が声をかけてきた。月曜日に飲み会をするのはどうかと思うが、行かない私は何も触れない。気合いが入ってるのか香水がいつもより臭う。薔薇と柑橘が混ざったような、複雑な感じ。難しいことは考えたくない私には理解できない臭いだ。

「経理部の飲み会も急遽うちと同じ店になったから、来たら良いのに。合コンみたいになるわよ」
「総務、課長含め女性ばかりですもんね」

 なるほど、だから課長気合い入ってるのか。合コンなんて、私に縁のない話すぎて興味もわかない。個室に入って良いか迷っていると、化粧直しがひと段落した課長が此方を見て口を開く。

「そういえば、貴女の同期の経理の男の子、彼女居るの?」
「経理の同期、ですか……?」
「あの、身長大きくて少し童顔気味で細身の」
「あー、分かりました。あの人は彼女居ないですよ」
「分かった、ありがとう」

 少し機嫌よくトイレから出ていく課長の背中を、なんとも言えない気持ちで見送る。彼女が居るかどうか聞かれたから居ないとは言ったけど、今週の金曜日に私にプレゼンしようとしてるとはさすがに言いづらい。「プレゼンって何?」ってなりそうだし。ワンチャン課長に告白されたから課長と付き合いますみたいなことになるかもだし。そうだといいな、そうなれば、楽だな。


 いきたくないと抗う身体に鞭を打って始業時間ギリギリに出勤すると、課内が少し騒がしかった。横の席の上司から課長が突然欠勤していると伝えられる。自分の業務もこなしつつ、お昼休憩に入り、お弁当を自席で食べようとすると、不意に声をかけられる。

「お弁当? 一緒に食べない?」

 振り返ると、このフロアには居ないはずの彼が居て、お弁当が入ってそうな袋を顔の近くに持っていた。女性がやりそうなポーズをする彼を見て、同じ課の人たちは何故かソワソワしている。

「昨日、何かあったの?」
「そのことを話そうと思って誘ったんだよね。場所変えようか」
「う、うん」

 そそくさとお弁当を1度閉じて彼の後ろを追う。着いたのは、ここで昼食をとってもいいと言われているが、あまり利用者の居ない会議室の1つであった。今日は先客はなく、2人きり。お弁当を広げ、改めて「いただきます」と言うと彼が口を開いた。

「課長さんに告白されたんだよね、みんなの前で」
「……はい?」
「同期に好きな人居るんでって断ったけどさ」
「……私さ、明日が命日になる気がするんだけど」

 同期で独身の女が私しか居ないことは、噂好きで人事部くらいに職員関係に詳しい課長なら知っているだろう。しかも、計算できるこの男はきっとそれを分かっていてその断り方をした。昨日、彼女は居ないと私から伝えていて、彼女は居ないが好きな人は居るのを知ってたとしたら、私は相当嫌なやつではないか? 知らなかったフリを通すしかないか?

「盛大に振られたから2件目行くぞーって叫んでて、そっちの課の新人が連行されてたよ」
「えっ。今日から新人研修なのに」
「初日から二日酔いだったら可哀想だよね」

 彼は苦笑いしながら手作りらしいおにぎりを頬張っている。その原因、君なんだよなぁとなんとも言えない気持ちになっていると、お弁当を入れてる小さなトートバッグから振動音が聞こえた。私に誰かから連絡が来るなんて珍しい。確認すると、普段使ってないSNSの通知だった。
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