幕間
文字数 1,713文字
4月6日水曜日、研修2日目。3月まで俺が住んでた関東と違い、こちらはゴールデンウィークまで桜は咲かないらしい。講師や色目を使ってくる同期の女子たちの話がつまらない時に窓を見ても、路肩に雪が少し積もっているだけで、外の景色は塩を振り忘れたポップコーンくらい味気ない。
昼食をとるため研修施設内の食堂へ向かって歩いていると、後ろから声をかけられる。誰かわからず振り返ると、身長180cmあるまあまあデカい俺とほぼ同じくらいの位置に顔があってちょっと驚いた。
「お疲れ様です、経理の……」
「そうそう、経理の人。名前は、この後の講和で言うから今はいいや。一緒にご飯食べてもいいかな?」
「はい、ぜひ」
奢ると言われ、とりあえずご飯を大盛りにしても1番安いメニューの食券を選ぶと、遠慮しなくていいのにと笑われた。大学の時は絶対に1番安いメニューにしなきゃサークルの先輩に小言を言われていたのに……。経理の人は俺と同じメニューのハーフサイズを選んでいた。ハーフサイズって聞いた時、モテたい女子かと思った。
「いただきます」
「いただきます。じゃあ、本題ね」
先程までの万人受けしそうな笑顔は地面に投げ捨てたような顔をしている。怖いというか、狙ってる獲物は逃がさないというライオンみたいな顔。目の前のご飯が食べにくい。
「俺が君と同じ部署の同期が好きなのは知ってるよね?」
「そうっすね」
「俺の恋の邪魔、してないよね?」
「あー昨日の夜に電話しましたね。でも、断られましたよ」
そう言うと、良かったと言いながら少し柔らかい表情に変わった。昨日、インスタの通話機能で「俺も先輩も面倒くさいこと巻き込まれたくないどうしですし、諸々落ち着くまで付き合いません?」と言った。「貴方も世間一般的に言うとイケメンだから、私は絶対に面倒ごとに巻き込まれるよね」と、あっさり断られたが。
「仕事できないって言われるけど、実は俺よりできるんだよね。能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ?」
「は、はぁ」
一昨日、始発が始まるまでこの経理の人に振られた総務課長を慰める会に付き合ったが、あの先輩の言われようは散々だった。ミスはないが、遅い。付き合いが悪い、飲み会も来ない。なのに他の会社の人からの評判は良いから、窓際部署に異動させられなくて困る、などなど。何を言ってるんだということをがモロに顔にでていたみたいで、経理の人は口を開いた。
「嘘だと思った? でも、入社式の日や月曜日を思い出してみて。電話応対、上手くなかった?」
「言われてみれば……」
「仕事の話だとすごくきれいな敬語で別人みたいにならない?」
「確かに……」
昨日の電話も、ずっと声の大きさやスピードが聴きやすかった。最初の世間話のように部署の様子を聞いた時も、名前と顔が一致していない俺でも誰の何の話をしてるかが分かりやすかった。俺が恋愛話に舵をきったら、中学生かと思うようなウブさを発揮されたが。
「彼女、入社してから秘書検定とかビジネス系資格ほとんど取得してるからね。今はパソコンの資格を勉強中。夏には取るんじゃないかな」
「でも、全然……」
「そう、全然そんな素振りは見せない。仕事に対してはやる気がないからね。勉強して資格をとって、サボタージュってわけ」
あの女性の先輩が頭の回転が速くて仕事ができる人なことは理解はした。でも、納得はしていない。あの先輩がそんなことしてる意味も、その人をこの人が好きな理由も。
「確か、一部の資格って取ったこと申請したら給料上がるんじゃなかったですっけ?」
「そうだよ。でも、そしたら仕事できるって思われるでしょ? それは彼女の狙いじゃないから、申請しないの。資格取って知識を得て、最速で仕事を終わらせて、あとは仕事してるフリしてゆっくりするの。周りの人は仕事が遅い人って認識で終わる」
「そういうサボったりする人を好きになるって意外でした。飲み会の時に聞きましたよ、出世街道まっしぐらみたいな話」
そう言うと、経理の人はニコッとアイドルのような笑顔をこちらに向けて、自信満々にこう言った。
「やり方は間違ってるかもしれないけど、自分より頭良くてそれを自慢しない女性ってかっこよくない?」
昼食をとるため研修施設内の食堂へ向かって歩いていると、後ろから声をかけられる。誰かわからず振り返ると、身長180cmあるまあまあデカい俺とほぼ同じくらいの位置に顔があってちょっと驚いた。
「お疲れ様です、経理の……」
「そうそう、経理の人。名前は、この後の講和で言うから今はいいや。一緒にご飯食べてもいいかな?」
「はい、ぜひ」
奢ると言われ、とりあえずご飯を大盛りにしても1番安いメニューの食券を選ぶと、遠慮しなくていいのにと笑われた。大学の時は絶対に1番安いメニューにしなきゃサークルの先輩に小言を言われていたのに……。経理の人は俺と同じメニューのハーフサイズを選んでいた。ハーフサイズって聞いた時、モテたい女子かと思った。
「いただきます」
「いただきます。じゃあ、本題ね」
先程までの万人受けしそうな笑顔は地面に投げ捨てたような顔をしている。怖いというか、狙ってる獲物は逃がさないというライオンみたいな顔。目の前のご飯が食べにくい。
「俺が君と同じ部署の同期が好きなのは知ってるよね?」
「そうっすね」
「俺の恋の邪魔、してないよね?」
「あー昨日の夜に電話しましたね。でも、断られましたよ」
そう言うと、良かったと言いながら少し柔らかい表情に変わった。昨日、インスタの通話機能で「俺も先輩も面倒くさいこと巻き込まれたくないどうしですし、諸々落ち着くまで付き合いません?」と言った。「貴方も世間一般的に言うとイケメンだから、私は絶対に面倒ごとに巻き込まれるよね」と、あっさり断られたが。
「仕事できないって言われるけど、実は俺よりできるんだよね。能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ?」
「は、はぁ」
一昨日、始発が始まるまでこの経理の人に振られた総務課長を慰める会に付き合ったが、あの先輩の言われようは散々だった。ミスはないが、遅い。付き合いが悪い、飲み会も来ない。なのに他の会社の人からの評判は良いから、窓際部署に異動させられなくて困る、などなど。何を言ってるんだということをがモロに顔にでていたみたいで、経理の人は口を開いた。
「嘘だと思った? でも、入社式の日や月曜日を思い出してみて。電話応対、上手くなかった?」
「言われてみれば……」
「仕事の話だとすごくきれいな敬語で別人みたいにならない?」
「確かに……」
昨日の電話も、ずっと声の大きさやスピードが聴きやすかった。最初の世間話のように部署の様子を聞いた時も、名前と顔が一致していない俺でも誰の何の話をしてるかが分かりやすかった。俺が恋愛話に舵をきったら、中学生かと思うようなウブさを発揮されたが。
「彼女、入社してから秘書検定とかビジネス系資格ほとんど取得してるからね。今はパソコンの資格を勉強中。夏には取るんじゃないかな」
「でも、全然……」
「そう、全然そんな素振りは見せない。仕事に対してはやる気がないからね。勉強して資格をとって、サボタージュってわけ」
あの女性の先輩が頭の回転が速くて仕事ができる人なことは理解はした。でも、納得はしていない。あの先輩がそんなことしてる意味も、その人をこの人が好きな理由も。
「確か、一部の資格って取ったこと申請したら給料上がるんじゃなかったですっけ?」
「そうだよ。でも、そしたら仕事できるって思われるでしょ? それは彼女の狙いじゃないから、申請しないの。資格取って知識を得て、最速で仕事を終わらせて、あとは仕事してるフリしてゆっくりするの。周りの人は仕事が遅い人って認識で終わる」
「そういうサボったりする人を好きになるって意外でした。飲み会の時に聞きましたよ、出世街道まっしぐらみたいな話」
そう言うと、経理の人はニコッとアイドルのような笑顔をこちらに向けて、自信満々にこう言った。
「やり方は間違ってるかもしれないけど、自分より頭良くてそれを自慢しない女性ってかっこよくない?」