彼女がベッドへ戻るまで6

文字数 7,825文字

 ビジネスホテルの一階にあるロビー近くの、公衆電話で私が電話したのは山崎先生だった。山崎先生は今、薫と共にいる事になっている。
 何度かの呼び出しの後、通話になった。
「あ、先生。私―。どう、順調?」
『うん、大体順調だよ。さっきみんなでお昼ご飯食べ終わって、解散したんだ。あ、解散て言っても蝶子ちゃんの家のなかで、だけど。だから今なら、蝶子ちゃんとも自由に喋れるよ。さっきまでは近くに薫くんがいたから』
「そう、良かった」
 小さな頃から聞いている先生の声を聞くとほっとする。先生特有の、のんびりした声。まるで世界の何も求めてないみたいな。
 誘拐を実行すると決めた時、私がまず山崎先生に相談したのは彼の頭が良いからだ。そして私の味方だと知っているからだ。
 誘拐の件を相談すると、彼は少し笑って了承してくれた。バカだとか非常識だとか、まるで咎める事もせずに。彼が私に優しいのは、私に何も求めていないからだと思う。薫も優しいけれど、薫のそれと山崎先生のそれは大分種類の違うものだ。
「どう? 薫の様子はどんな感じ?」
『薫くんねえ。やっぱり基本的には蝶子ちゃんの事、好きなんだと思うけど、でも相反する想いがあるというか、蝶子ちゃんに死んで欲しいみたいだねえ』
 私が山崎先生を信用するのは、彼が事実を包み隠さず話す人だからだ。良い事も悪い事も何かも。それにはとても心安らぐ。薫は私にあまり本心を話さない。けれどだから、好きなのかもしれない。
「ふーん。むかつく。死ねばいいのに」
 そうは言ったけれど私は、それほどショックを受けてもいない。それもそうよね。そんな気がする。今まで自分は薫に散々な仕打ちをしてきたのだから。
 そう思う一方、けれどそれでも、どこか寂しいのはどうしてかしら何故かしら。
『ははは』
 重い受話器の向こうから、まるで楽しくなさそうな山崎先生の笑い声が聞こえた。
「私のあの写真、薫が見たらどう思うのかなー」
『それはやっぱりショックなんじゃないの。薫くん、基本的には小心者の見栄っ張りで良い子だと思うけどねえ』
「ああ、うん。それはそうよね」
 そんな事は誰よりも私が知っている。いや、誰よりもって、あのおばさんよりは知らないかもしれないけれど。それでも一年以上共に暮らしているのだ。寝食を共にしているのだ。
『結局、蝶子ちゃんが寂しがり屋で我侭なんだよ』
「それも知ってる」
 好きな男には更に我侭を言いたくなってしまう。更に困らせたくなってしまう。怒鳴りたく叩きたくなってしまう。私ってどえすなのかしら、とも考えたけれど、どえむが一周回ったようなものなんだと思う。
 嫌われるような事をたくさんしてたくさんしてたくさんして、それでも絶対に嫌われないって、愛されてるって安心したいの。
 要するに子供が親に駄々をこねるようなもの。
「じゃあ先生、よろしくね」
 受話器を戻して、私はため息をつく。ため息の対象は、自分だ。けれど、先生なら万事うまくやってくれるだろう。


 やはり警察に届けたほうがいいんじゃないかと、俺は主張した。ここまで来たら蝶子の狂言という事は無いと思う。こんな写真まで撮って置いていくなんて。元来、蝶子は大雑把というか面倒くさがりなのだ。こういう小細工をするとは思えない。
 けれど俺の意見に賛成してくれる人は誰一人いない。まあ嫌われ者ですからね、俺……。そうだよね……。
「ま、さー。とりあえずヒルメシも食べ終わったし。あ、ありがと桜子ちゃん美味しかったよ~」
 天川は桜子さんへ笑いかける。
「この家から出られないなら、次に犯人から何か連絡あるまで、家のなかで解散にしない? 同じ部屋に男四人顔付き合わせてるのも疲れるし。俺、男あんまり好きじゃないんだよー女が好きなんだよう」
 ええ、そうでしょうそうでしょう。今まで俺は天川の事を「坊ちゃんらしい鷹揚さを持った平和な男」だと認識していたが、今回の件でその印象は完全に覆された。人間には色んな面があるものだ。
「そうだね、まあそうしようか」
 言葉通り、山崎先生が立ち上がる。
「この家には幸い、部屋もたくさんある事だし。僕も好きにさせてもらうよ」
「そうですね、私も昼食の片付けと掃除、夕食の用意が」
「あの、私はどうすれば?」
 佐藤さんが天川と山崎先生に向かって問いかける。俺の事はガン無視だ。まあそうだよね。
「付き合わせてすまないけれど、誰も家から出るなって言ってるし、申し訳ないけれど付き合ってくださいますか? その分料金ははずみますので」
「はい、まあ構わないですが」
「どこでも好きな部屋で休んでくださいよ。ああ、パソコンでもし何か調べられるなら調べて下さい。そして解った事があれば教えて下さい」
「承りました」
 てきぱきと山崎先生は指示する。こちらも今度の事で知ったけれど、山崎先生って頭が良いんだなあ。いや悪くないとは思っていたけれど、俺の認識以上に頭が良いのだと解った。そりゃ、蝶子が好きなはずだよね。
「ねーねー今気付いたんだけど、これってある意味密室って事じゃん?」
 部屋を出て行きかけた天川が振り返る。彼は変わらず楽しそうだけれど、その腹の中では何を考えているのだろう。コワイ。
「これで連続殺人事件とか起きたら面白いのにねー」
「………面白いのかそれは」
 俺はようやく少し突っ込めた。
「殺される、ねえ」
 指を手に当て、山崎先生が顔を傾ける。
「誰かが殺されるならば、だったらそれは間違いなく薫くんだろうねえ」
「……ええ、そうでしょうね。解ってますよ。嫌われ者ですから」
「もしくは薫くんに、みんなが殺されるか。ほら、僕らに苛められたから腹いせ的な。八ツ墓村的な」
「しませんよ、そんな事。そんな根性ねーし」
「そう? ほら、薫くんて陰険だから」
 笑いながら山崎先生は部屋を出て行く。


 電話を終えて戻るとおじさんは寝穢く椅子で眠りこけ、おばさんは一人でテレビを見ていた。そう言えば、自分の母親の事は滅多に話さなかった薫だけれど、母親はテレビが好きだったとは言っていたっけ。それは、どうでも良い事だから話せたのだろう。いつだって大切な事を話すのは難しい。
「ねえ、おばさん」
 私が呼びかけると、しばらくしてからおばさんが振り返る。
「なあに?」
 その丸顔はほこほこと温かい。私は肉まんを連想する。おばさんはまるで薫と似ていないけれど(私、面食いだし)そうね、色白の所は似ているかしら。
「おばさんて家族いないの?」
 ふふふ、とおばさんは唇の先で笑って答えない。
「おばさんて、どうしてお金に困っているの? 一体何に使ったの?」
 やはりおばさんは笑って答えない。
「………。ま、いいけど。じゃあおばさん、今夜お金の受け取りよろしくね」
「はい」
 おばさんは、どうして私みたいな小娘に偉そうに言われて従順に頷くのだろう。
「あなたたちの為に、私はやってあげてるんだから」
 その反応を確かめる為、私は更に高飛車に言ってみたけれど、やはりおばさんは笑ったままだった。
 変な人。
 このおばさんは、私が薫の婚約者だという事に気が付いていない。もし知ったらどうなるのかしら。怒ったり困ったりするのかしら。この肉まんのような人のなかにも、怖い部分もあるのかしら。


 蝶子のいない蝶子の部屋はがらんとしている。今までみんながいたから大分紛れていたけれど。この部屋から出て行っても良かったけれど、なんだかその気力も無く、俺は相変わらず蝶子の部屋から離れられずにいた。
 ほんと、どうしたらいいんだろ俺。ひどい事を思いそれを知った皆からは嫌われ頭も悪いと自覚し他人から指摘もされ、金も家も無く今からこれから。
 途方に暮れるとはこの事だろうか。蝶子は無事に帰ってくるのだろうか。そんな事を思いつつ、僅かばかりうたた寝していたのかもしれない。
 目を覚ましたのは、部屋に山崎先生が入ってきたからだった。
「ああ、薫くん。ここにいたの。探していたんだよ。まさかまだ蝶子ちゃんの部屋にいるとは思わなかったなあ」
 うとうととした中で聞く山崎先生の声はいつもよりさらにゆるゆるとしていたけれど「探していた」という彼の言葉を俺の耳朶が捕らえ、俺の意識は、一気に明確なものとなる。
「えっ探していたって何か──何か解ったんですか! 佐藤さんが何か見つけて下さったとか!」
「いや全然さっぱり。彼も役に立たないねーまあ職業探偵なんてそんなものかな」
「じゃあ一体何が……」
 蝶子がやっと帰ってきたとか。それともその反対に何か悪い知らせが───。ふいに天川の声が蘇る。『これで連続殺人事件とか起きたら面白いのにねえ』いや、まさかそんなはずが無い。有り得ない。
「うん、庭をぶらぶら散歩していたらね。また玄関にメッセージが」
 山崎先生は一枚の紙をぴらぴらとさせる。
「ああ、そうでしたか……。今度はなんて?」
「自分で読んでみたら?」
 紙にはこう書かれている。
『今夜、インターフォンを鳴らします。山崎先生、三千万を持ち玄関先へ出て下さい。受け渡しが済めば、明日蝶子さんはお返しします』
「………」
「そんな訳だから、指示通り僕がやるよ。よろしく。まあこれが問題無く済んで蝶子ちゃんが帰ってくれば、一件落着だね」
「………山崎先生」
「ん?」
「それ、現金の受け渡し。俺に、俺にやらせて下さい」
 俺の発言に、山崎先生は驚いた顔をした。ああ、初めてこの人の感情が乗った顔というのを今、俺は見たかもしれない。
 けれど山崎先生はその顔をすぐに解いて笑みを浮かべる。
「どうして? 指示に従わないと、蝶子ちゃん殺されちゃうかもしれないんだよ? ああ、だからか。それが狙い?」
「違います!」
 俺は思わず怒鳴っていた。
「これぐらい自分でやりたいんです。やらせて下さい。だって危険を伴う事かもしれないじゃないですか」
「その志は尊いと思うけれど、けど、指示があるからねえ」
「大丈夫ですよ」
 俺は笑う。笑ってみせる。
「だって犯人が山崎先生の事を蝶子から聞いただけなら、先生の顔まではよく知らないでしょう。特に夜だし。解りませんよ。それとも犯人は山崎先生の事を知っているんですか? 以前から? なんで?」
「………」
「違いますよね。まさかそんな。だったら構わないはずです。ところで、俺には一つ疑問があるんですが、」
「改まって、なんだい」
 山崎先生は余裕の姿勢を崩さない。
「どうして今日、山崎先生がこの家に来る事を犯人は知っていたんですか? 山崎先生が家に来る事なんてそう頻繁に無いのに。そして、蝶子と約束をしていた訳でも無いですよね? だって昨夜、蝶子はそんな事何も言っていなかった」
「………」
「だったら蝶子が、山崎先生が今日うちにいるって犯人に教えたっていう理論も、成り立たないですよね?」
 俺の指摘に、山崎先生は笑みを浮かべた。ニヤリとゆったりと。彼にはまるで焦る様子も無い。
「──約束、してたんだよ。君に内緒で。だから蝶子ちゃんが犯人に教えたんじゃないかなあ。今日だけじゃなく、今までも度々ね、僕と蝶子ちゃんは約束していたんだよ。薫くん、君に内緒で」
「………そうですか」
「全然気がつかなかったのかあ。君もお間抜けだなあ」
 山崎先生の言っている事が本当なのか嘘なのか俺には解らない。本当に、俺に内緒で蝶子は山崎先生と約束をしていたのかもしれない。……今まで度々、会っていたのかもしれない。
「ま、けれど君の意思を尊重して、一つゲームをしよう」
「ゲーム?」
 この場に不釣合いな山崎先生の提案に戸惑う俺を置いておいて、山崎先生はその準備を始めた。
 ジャケットの胸ポケットから手帳とペンを取り出すと、手帳から一枚ページを破り、四つに分ける。その一枚にサラサラと何かを書き出す。山崎先生はその紙を重ねて、テーブルへ置いた。
「さて。この四枚の紙に一つだけ、印が書いてある。君がそれを一度で当てたら、君に引き渡し役をやってもらおう。これなら公平だろう」
「……俺、くじ運無いんですが」
「でも想いが強ければ当てられるんじゃないかな? 引き寄せて、奇跡で」
「先生、ロマンチストですね」
 俺は少し笑ってしまう。こんな時なのに。
「男はみんなロマンチストだよ。さあ上から何枚目がいい?」
「じゃあ……」
 少し、迷う。ええい、けれどここは思い切りだ。
「じゃあ、上から二番目で」
 山崎先生がすんなりとした手で、紙を拾い上げる。
「残念、印があったのは上から一枚目だ。これで諦めてくれるね」
「………はい」
 ──仕方が無い。勝負は勝負だし、ここでこれ以上言い募っても無駄だろう。本当に俺ってくじ運無い。というか弱い。人生、全ての事において。
「やっぱり薫くんの想いが弱いんじゃない?」
「放っておいて下さい。ただ、勝負弱いだけです俺」
 ぶつくさと言ってから、山崎先生が紙に書いた印を見てみる。それは「嘘」というものだった。
「……先生、なんか意味深ですね。なんでその漢字を」
 一体果たしてどういうつもりなんだろうこの人。何考えているんだろう、解らん。
「意味なんて無いよ。ただ僕の一番好きな漢字なんだ。綺麗だろう」
 いぶかしむ俺の視線をけれど、山崎先生は悠々と受け止める。


 出かける為の身支度を整えるおばさんに、おじさんは心配そうに声をかけている。おじさんもいい人なのよね。聞けば、小さなお店をやっていたけれど、それが潰れてしまったそうだ。
「大丈夫かなあ。やっぱり男の俺が行ったほうがいいんじゃ」
「だから何度も言ったじゃない。女のほうがかえって良いのよ。強面のあんたが行ったら警戒されるでしょ」
 そう言って私はおじさんを宥めた。
「大丈夫よ。私はなんにもやってないんだから、それなのにお金を貰うんだから、せめてこれぐらいやらなくちゃあね」
 ふうわりとおばさんは笑って、着ていたスプリングコートを整える。随分草臥れたものだ。
「じゃあお金の受け取りお願いね。玄関のインターフォン押せば、何もかも解った人が出てきてくれるから。ただ受け取るだけよ」
「はい」
「何かあったら、すぐ連絡くれればいいから」
 そしておばさんは部屋を出て行く。お金を受け取りに行く。自分の息子がいる、私の家に。何も知らずに。
 おばさんはもし薫に会ったならどうするんだろう。そして薫はもしおばさんに会ったなら、どうするんだろう。


 時が、夜、と区分されているものにさしかかると俺はまるで落ち着かなくなった。相変わらず蝶子の部屋にいるけれど、何か音がある度にびくびくしてしまう。いちいち反応してしまう。 
 ──部屋のドアがノックされた。誰だろう。そんなはずも無いけれど、もしこれが蝶子だったらなんて考えてしまった。
「どうぞ」
 そう俺が答えて、入ってきたのは桜子さんだった。そうだよね。でもがっかりしてしまうのは何故だろう。
「お夕食、どうされますか」
 彼女はいつもと変わらぬ冷静な顔でそう言った。俺の事嫌いでもメシの心配してくれるなんて良い人だなあ。
「ありがとう。でもなんか食欲が……」
 犯人からやってきた新しいメッセージは、あの後、皆に知らせた。皆は食欲があるのだろうか。ありそうな気もする。
「それではとりあえず、用意しておきますので食べられそうなら食べてください。皆さんのご用意は私がしておきますので」
 きっと桜子さんはまた、蝶子の分まで用意するのだろう。たとえそれが無駄になろうとも。
「───。桜子さん、その……ごめんね……」
「何がです? 食事の用意がですか?」
 桜子さんはいつもと変わらない穏やかな様子だ。だからこそ怖い、というか謝らなければ、と思う。
「いや、メシじゃなくて。その。……あなたの大事な人を、俺が大切に出来なくてごめんなさい」
「───大事に、してたじゃないですか」
「えっ?」
「見てましたよ、私。薫さんがいつも、蝶子さんに優しくされていた事。蝶子さんに何を言われても何をされても。たまに薫さんは苦しそうな時もありましたけど、それでも頑張って蝶子さんに優しくしようとしていた事。見ていましたよ、だってずっと一緒に暮らしていたんですから」
 ふわりと桜子さんは表情を和らげる。
「………桜子さんて、優しいね」
「でもだからこそ、一瞬でも薫さんが蝶子さんの事をそんな風に思ったのが嫌だったんです」
「ごめんなさい」
 この時、俺は本当に悪いと思った。心の底から自分の底から。
「二人とも私の大事な方なので」
「俺の事も大事な人に分類してくれるんだ?」
 少しだけ、俺は笑った。
 ピ、ンポーン───……。
 その音が聞こえて、俺たちは顔を見合わせた。すぐにインターフォンのモニターに視線をやる。モニターの小さな画面、もう辺りは暗くなっているのでそれは鮮明では無い。見づらい。
 画面のなかにいるのは背中を丸めている小さなおばさんだった。少しほっとする。なんとなく、ごついおっさんでも来るのかと思っていたので。山崎先生が殴られたりしたらどうしようかと思っていたので。
 その人はマスクをしているし、なるべく顔がモニターへ映らないように気をつけているのだろう。その顔は殆ど見えない。───ん? けれど。
(………え………?)
 その体つき雰囲気仕草に、見覚えがある気がした。気のせいだろうか。
 いや、見覚えが、ある……。
 確かに、ある。
「おかあ……さん……?」
 思わず、呟いていた。そんなはずないのに。そしてもしそう思っても、言わなければ良かったのに。
「え───?」
 隣にいた桜子さんが驚いてこちらを見ている。その時、俺は思わず玄関先へ走り出していた。蝶子の部屋は二階にある。今から玄関先へ走り出しても間に合わないかもしれない。けれどそうせずにはいられなかった。
 確かめずにはいられなかった。間に合うか。


 俺が玄関へ駆け寄ると、もうそこには山崎先生しかいなかった。やってきた俺を見て、彼は『おやおや』というような、少し呆れた顔をした。
「どうしたの、薫くん。今、相手へお金は渡したけれど」
「………先生、その人って───」
「ん? 特に凶暴そうでも無い、普通のおばさんだったよ。ただ金の受け取りを頼まれただけなのかもね。今は犯罪でも色々と役割分担があると聞くし」
「………」
「これで蝶子ちゃん、明日には帰ってくるんじゃないかなあ。無事解決って訳だね。良かったね、薫くん」
 ニヤリと山崎先生は、人を食った笑みを浮かべた。それを見て俺は確信する。絶対にこの人は何かを知っている。そして、それを隠そうともしていない。これはただの誘拐じゃない。
「良くないですよ」
「ん? どうかした?」
 蝶子が帰ってくるのは良いけれど、でも良くない。このままじゃ良くない。気付けば俺は玄関を開けてまた走り始めていた。
「薫くん!」
 先生の声が追いかけてきたけれど、そんな事はまるで気にならなかった。辺りをむちゃくちゃに走り出す。
 お母さん。蝶子。
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