第4話 散歩

文字数 1,294文字

「おはよ!」
 せいちゃんの元気な声が聞こえる。カーテンの隙間からこぼれ出た日差しがまぶしくて、私は顔をちょっとのけぞらせる。
 昨日まで続いてた雨は、やんだみたい。雨は、気持ちまでじめじめするから嫌いだ。気圧が低くって、体の調子もなんとなく上がらないし。
「おはよう、せいちゃん」
 むにゃむにゃと、返事をする。起きなきゃいけないけど、もうちょっと、寝ていたいなあ、でも、これじゃだめだよなあ、と、しばし逡巡する。
「せいちゃん、カーテン開けてくれない」
「いいよ」
 せいちゃんはふわふわと体の上を横切るように移動して、カーテンを開けてくれた。部屋の中が一気に明るくなって、閉じたまぶたが反射的に開く。ああ、なんか目が覚める。
「ありがとね」
 そう言ってせいちゃんの頭をなでる。なでていると、なんだか落ち着く。せいちゃんも、目を細めて気持ちよさそうにしている。
「あのさ、聖良」
 せいちゃんが、こっちを見上げる。
「なあに」
「天気がいいから、お散歩したいなあ」
「散歩かあ」
 窓の外に目をやる。見慣れた景色。特段大きく変わることのない、空。
 ここのところ、ご飯を買いに行く以外で、ほとんど外に出ていない。散歩なんてのもしてない。歩きなれた道に、別に思い入れなんてないから。
 でも、せいちゃんが行きたいなら。
「いいよ、いこっか」
「やったあ」
 簡単に、身支度をすませる。ヘアセットが面倒だから、キャップをかぶってごまかす。だれと会うでもないし、いいでしょ。
 朝の空気はよくすんでいて、味なんてしないのに、おいしいって思えるから不思議だ。じめっとした室内の空気との対比で、よりそう感じるのかもしれない。
 せいちゃんは、私のそばでずっと空を浮かんで飛んでいる。飛んでいるけど、これはお散歩なのかな、遊覧飛行とかじゃないのかな、なんてどうでもいいことを考えた。
「あ、お花咲いてる」
 せいちゃんが、その場にとまる。私も足をとめて、しゃがみ込んだ。
 花壇に植えられたお花たちが、整然と列をなす。お日様の光を受けて、冠のように花弁が、燦然と輝いていた。
「きれいだね」
「うん、きれい」
 足元の花壇なんて、ちゃんと見たことなかったなあ。いつも、電車の時間を気にしてせかせかと歩いてたから。
 お日様から、たっぷりエネルギーを受け取る花たち。私も日の光を浴びてたら、ちょっとだけ活力をもらえている気がする。こういうところ、人間って意外と単純だ。
 ゆったりと、歩いていく。行先は決めずに、すずろに、足の向くままに。
 何もない朝、スケジュールに組まれない朝の町は、いつもと違う香りがした。風の感触、川のせせらぎなんかが、私の中に自然に溶け込んでいく。
 朝=忙しい、みたいな生活じゃ、分からなかったこの感覚。なんだか、新鮮な体験だ。
「そろそろ、戻ろっか」
「うん」
 結構、遠くまで来てしまった。
 太陽も、さっきより高くに昇っている。少しずつ、町の様子も動き出す。
 ああ、一日が動き出すなあ、と思うと、何とも言えない気持ちになる。
 私の一日って、なんなんだろう。
 焦りと、焦ってもしょうがないよねって気持ち。心模様が、交錯する良く晴れた朝。
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