文字数 3,873文字

 小田悠太が、謎の外国人半裸集団と生活するようになって、早くも数週間が過ぎようとしていた。
 相変わらず悠太には、この人たちが何者なのかわからず、あるいはここがどこかなのかもよくわかっていない。ただ、一緒に生活をしていてわかってきたこともたくさんあった。
 悠太が助けられた川のことをずっと石狩川だと思っていたが、ジェシー兄ちゃんは「よるだん川」と呼んでいること。ジョン師匠は、たしかにちょっと変わっているが、ポリシーをもって自分の肉体と精神を鍛え上げようとしていること。そして、師匠を慕ってけっこういろんな人が集まってきたり、野菜やら肉やら、あるいは布やらを持ち寄ってくれているので、生活には困らないこと。
 あいかわらずテレビとかスマホとか、そういうものはなさそうだけれど、たぶんジョン師匠は、そういうものを断ち切る感じでストイックに暮らすことをモットーにしているっぽくて、なんていうか、まあ仙人みたいな人だということである。
 一緒にいる仲間も、ジョン師匠の生活に共感してやってきている人たちで、みんな気のいいおっさんたちであることは間違いない。
 最初のうち、みんな一緒に洞窟の床で寝る時は、『襲われたらどうしよう』と一生懸命おしりを床につけながら貞操を守ろうと眠れなかったけれど、どうやらおっさんたちにはそっちの傾向はないらしく、それよりもむしろ精神と肉体をムキムキにすることにばかり興味があるということがわかってくると、悠太はひと安心するのだった。
 もちろん、悠太もこの間、自分の家に帰ろうと試みたことは何度もある。しかし、行けども行けども荒野ばかりで、どれだけ歩いても道路にたどり着けそうな感じがしない。
 いつもは親父とかお袋の車に乗って移動しているだけだからわかんなかったけども、そりゃ北海道だもの、隣の家まで数キロあることも珍しくないんだから、やっぱり歩いて移動するのは無謀だべ、と考えてあきらめることにした。
 だから、結局ジェシー兄ちゃんたちのところへ戻ってきて、いつもの暮らしに戻ることになるのだった。別に逃げ出そうってワケではなかったので、ジェシー兄ちゃんはケラケラ笑っていつも言った。
「そりゃ、ラクダもラバも使わずに、皮袋に水も持ってないのに歩いてどこまでいけるかって、無謀だよ!悠太は本当におもしろいヤツだなあ」
 それを聞くと、不思議と納得せざるを得なかった。それよりも、基本悠太は勉強も苦手だしあまり賢くないと自分でも思っているので、よくわからないなりに順応してしまっている自分もいた。  
 そりゃ数週間も経ったのだから、youtubeが見たいとか、コーラが飲みたいとか、そういうことも思わないわけじゃないんだけれど、元々強くなりてえ!と思っていたもんだから、ジョン師匠とのトレーニングはマジで身体を鍛えられるし、ジェシーたちががぶがぶワインを飲んでるもんだから、コーラよりぶどう酒ってうめえな、とまんざらでもない気持ちになってきている。先公に見つかったら停学だろうなあ、とは思うけれど、どうにも担任やら親やらがこの集団を見つけてくれる気がしないのだから、あまりもう考えないようにしている。
『そのうち、正気にもどるべさ』
と、深く考えないのは、俺たち不良の特権でもあるのだ、と悠太は開き直っていた。

「師匠!今日もいっちょお願いします!」
 悠太たちのトレーニングは、朝日が昇ると共に始まる。よるだん川の河川敷で、とっくみあったり、重い石を持ち上げたり、相撲やレスリングのごとく仲間たちでぶつかりあったりするのだ。互いに鍛え上げるうちに、シックスパックだかシックハウスだか知らないが、なんせ腹筋は六つに割れ、上腕二頭筋も大腿筋ももう説明できないくらいえらいことになっていくのが自分でもわかる。
 そして、総仕上げはいつもジョン師匠に向かって突撃するのだが、師匠には誰もかなわず、向かってゆくものは全員軽々と川へ放り投げられては、水没していくのであった。
 ムキムキとはいえ、初老のおっさんだからたいしたことはないだろうと悠太もたかをくくっていたが、飛ばされるわ投げられるわ、くるくると回転させられるわ、完全に手足も出ない。
 後で聞いたところでは、ジョン師匠は俗世で「水没のジョン」と呼ばれているらしい。なんでも、片っ端から彼に挑む者をよるだん川に沈めてきたからだという。

「まだまだ!根性が足りん!その根性を改めよ!」
 ジョン師匠の口癖は、「根性を改めよ」だった。
「強くなれ!心を鍛え上げろ!」
「何者にも惑わされず、心を貫け!」
「神の国は近いぞ!」
 ・・・・・・いい事は言ってるんだけど、ジョン師匠ってちょっとネトウヨなのかな、とも悠太は思っている。「根性を改めよ」の次によく出てくるセリフは、「神の国が近づいた」だしなあ。ちょっと宗教がかってるところもあるけど、まあいいや。俺は頭よくないからよくわかんねえ。
 ジェシー兄ちゃんにも尋ねたことがある。
「師匠が言ってる神の国ってどういう意味?」
「悠太、いい質問をするねえ。悠太の国にはどんな神話があるかわからないけど、私たちの民族には『神様がこの世界を作った』という神話があるんだよ。民が正しいことをしてれば、神様はきっと私たちを救ってくれるし、民が過ちを犯せば神の心は離れる。悠太はまだ町へ行っていないからわからないかもしれないが、この国は近年外国人の侵略を受けて、彼らが支配するようになってしまったんだ。だから私たちは、神様に背かず生きようと考えるんだよ」
 そうか、自分が気を失っている間に、北の国かどこかがミサイルを撃ち込んだんだな、と悠太は思った。あるいはどこかの国が、センカクだかタケシマだかにすでに攻め込んで来たのかもしれない。だからあんなに、ネトウヨが「外国人を追い出せ」と言っていたのか、とやっと夏休み前にニュースでやっていた話を思い出した。
「知ってますよ。神様が国を作った話。大丈夫、っすよ。日本は神の国だから、神風がきっと吹くっす」
 たしか、そんなことを学校で勉強した記憶がある。日本史の授業で淡路島とかが最初にできた話とか、昔に外国軍が攻めてきたのに、台風が吹いて追い返したとかそんな話だ。
 そうだそうだ。だから特攻服には旭日旗が縫い付けてあるんだ。
「そうだね。ニホンってのは何かよくわからないけど、私たちは神の国に生きていることは間違いない。神様を敬わないといけないよね」
「おっす。俺も今度、神社にお参りするっす」
 悠太はこくんと頷いた。外国人が攻めて来ているのなら、石狩川高と北斗星学園とで争っている場合じゃねえな。もっと力を合わせて、立ち向かわないと!
 本気でそう思った。そして、もっとニュースをしっかりテレビで見ておくんだった、と後悔するのだった。
「なあ、悠太。私はね、師匠のことは尊敬しているがこれで終わりにしたくはないんだ。師匠は権力からは煙たがられているから、こうやって荒野に身を置いているが、私はもっと町へ出てみんなとこの状況について話をしないといけないと思っている。
 ローマに支配された我々の民を取り戻すには、人々の意識を変えないとダメだと思ってるんだ」
 ジェシーは、それを聞いてちょっとだけ遠くを見つめながら、しかし力強くそう言った。
「チームっすよ」
 そこで悠太は言う。
「チームっていうか、族っていうか。メンバー集めてグループを作ればいいんすよ!ほら、師匠だって自分の仲間を集めてチーム作ってるっしょ。俺だって以前は、番張ってたんすよ。まだ3年生がいるから、あんまり粋がったこともできなかったけど」
 それを聞いてジェシーは、ちょっと驚いたような顔をした。
「チームか!私のチーム。それはいいね。仲間を募って活動すれば、心強い。悠太、それはとっても面白いよ。私が自分のチームを持つなんて、考えたこともなかった!」
「俺、もしジェシー兄ちゃんのチームができたら、入りますよ! 俺、体動かすぐらいしか能かないけど。あ、あと暗算が意外とできるっす。俺、石狩川では商業科だったんで。」
 へへへと笑う悠太の手を取って、ジェシー兄ちゃんはしっかりと目を見ていった。
「ありがとう悠太。君のおかげで、私の人生の目標が見つかった。・・・・・・私はね、ガリラヤのナザレっていう小さな町の貧しい大工の家に生まれて、ずっと何かビッグになることがしたかったんだ。それも、ただ大きな名声を得たいんではなく、人々の助けになるような。馬小屋で生まれてね、父も母もとてもいい人だったけど、それは苦しい暮らしだったよ。それから二人はできちゃった結婚だったので、当初はずいぶんと周囲に後ろ指をさされたらしい。」
「へえ!ジェシー兄ちゃんも馬小屋で生まれたんすか!俺も牛小屋ですよ。お袋が乳搾り中に産気づいて!酪農なんて借金ばかりで、暮らしが大変なのは一緒です。・・・・・・でも、ジェシー兄ちゃんはすごいっす。俺だってビッグになりたい!って思ったけど、実際はケンカで勝つことしか考えてなかったから」
「そうか!悠太は牛小屋で生まれたのか!そりゃあ、おんなじだ!」
 ジェシー兄ちゃんはそれを聞いて楽しそうに笑った。悠太も大笑いした。悠太から見れば、似たような境遇なのにグレなかったジェシー兄ちゃんは偉い、と心から思えた。この人は本当に熱い人で、そしていい人だと、悠太は本当にそう感じたのだった。

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