06

文字数 1,103文字

濃霧(のうむ)が耳鳴りする様な静けさで(おお)っていた。

その時、呆然(ぼうぜん)とする僕のシャツが、
くぃくぃと引かれた。

視線を下げると、
小さな瞳が僕を見上げたまま。
服の(すそ)(つか)んで(たたず)んでいた。

6才前後の小さな女童(めわらべ)だった。

(わらべ)は僕を指差し告げる。

御前様(ごぜんさま)

そして自分を指差し(ささ)やいた。

姫御前(ひめごぜん)

彼女は無邪気(むじゃき)微笑(ほほえ)み、
僕の周りを駆け出した。

子捕(こと)ろ、子捕(こと)ろ。
 ちょっとみりゃあの子
 さぁ捕まって み~しゃいな」

さんざめく(ざわざわと音をたてる)残響(ざんきょう)が、
雑木林(ぞうきばやし)に反射して、僕を取り囲んでいた。

少女は笑いながら駆け出した。

「みーしゅいな みーしゃいな」

遠ざかる笑い声。

僕は呆然(ぼうぜん)とそれを(なが)め見送った後、
ふと我にかえり、
急いで遠ざかる少女の足音を追いかけた。

夢中(むちゅう)で追いかける内にいつの間にか、
神社の裏手門の鳥居(とりい)まで来ていた。

夕霧(ゆうぎり)(かす)鈍色(にびいろ)色相(しきそう)が、
幻想的な夢の中で、鳥居の赤を(いろど)っていた。

初音(はつね)の空は深く闇に閉ざされ、
その異様(いよう)(ほこ)っていた。

(わらべ)は鳥居の前に(たたず)み一瞬振り返ると、
(いざな)うように鳥居の外に駆け出ていった。

(ただよ)濃霧(のうむ)が日食のように辺りを暗くし、
鳥居の外がまるで異次元の入口のように、
すぐに彼女の姿をかき消していた。

まるで(ぜんぱく)(肉体の魂)が溶けて無くなる様に。

(とき)しも(ちょうどその時)に
(かす)むその陰影(いんえい)(なが)めながら、
僕は唐突(とうとつ)()かれたような消失感(しょうしつかん)に囚われ、
夢中で彼女の後を追い始めた。

僕は彼女の残した陰影(いんえい)に誘われるようにして、
神社の鳥居をくぐっていた。

同時に意識が遥か遠くに飛ばされるような
脱力感(だつりょくかん)(おお)われ、
眠る様に意識が薄れるのを感じた。

(ゆが)む世界の(はし)で、
思考(しこう)じたいが世界に溶けて行く様な、
夢から()める瞬間の様な、
奇妙な浮遊感に包まれていた。

次に意識が浮上した時、
そこは見慣れた自分の部屋だった。

 
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