望遠鏡・便利屋・千羽鶴

文字数 1,407文字

「もしもし、そこのあなた」
 俺はある日、道端で老人に呼び止められた。
「なんだい、じいさん」
 俺がそう言うと、
「この望遠鏡はいらんかね」
 と、老人は一本の古ぼけた望遠鏡を差し出した。
 俺は少々、古物に興味があったので、
「いくらだい」
 と聞いた。
「タダであげるよ。ここを最初に通った奴にやろうと思っていたんだ」
「なんだか裏があるんじゃないのか」
「そんなこたあないさ」
「じゃあ、もらっておこう」
 こうして俺は、古ぼけた望遠鏡を手に入れた。
 老人は、
「いいことに使いなさいよ」
 と言って去って行った。
(たかが望遠鏡に、いいも悪いもあるまい)
 俺は思った。
 覗きなんぞはやめなさい、ということか。
 まあ、そんなことをするつもりもなかった。
 家に帰った俺は、望遠鏡で街を覗いてみた。
 なんということはない景色が広がっている。
「あまり面白くもないな。なにかこう、お祭りの景色でも映らんものかな」
 すると、どうだろう。
 望遠鏡にはたちまちにブラジルのサンバパレードの姿が映ったではないか。
 俺はふと、カレンダーとインターネットを確認してみた。
 なるほど、今日はサンバパレードの日である。
「こいつは、大したものだぞ」
 俺は、ある有名な遊園地を見たいと思いながら望遠鏡を覗いた。
 すると、たちまちに望遠鏡の先に遊園地の景色が広がる。
「たしかにこいつならどんな悪用でも出来るかもしれないな」
 俺はそう思った。
 なにしろ、見たいと思ったものがすぐに見られるのだ。
 これほど素晴らしい道具はそうそうないだろう。
「さて、俺はこいつをなにに使おう」
 俺は少し思案した。

 しばらく経って、俺は便利屋を始めていた。
 特に探し物をメインに請け負う便利屋である。
 なにしろ、簡単だった。
 目的のものを思い浮かべて望遠鏡を覗けば、すぐにそれがどこにあるのか知ることが出来るのだから。
 無論、実際にはその場では見つけずに、探したふりをして、数日後に答えを教える。
 その場で見つけては占い師になってしまう。
 占い師も悪くないが、宗教かなにかに利用される恐れもあるので危ない。
 有能な便利屋として生きていく方が、気楽で安全と言えた。

 百発百中の便利屋として軌道に乗った俺だったが、すべてが万能というわけではなかった。
 ある日、車に轢かれて大けがを負ってしまったのだ。
 幸い、金はあるので一番いい病室に入院した。
 しかし、寂しい。
 金はいくらでもあるとはいえ、友達づきあいのない日々を送って来た。
 お見舞い、などというのはあまり望めたものではないだろう。
 俺は、親戚に頼んでなんとか病室に持ち込んでもらった望遠鏡を覗いた。
 暇つぶしにはこれほどいいものはない。
 普段はなにかを念じながら覗くのだが、その時ばかりは特に当てもなく、なんとなく覗いた。
 ただ、心の底で、『今の自分に必要なもの』をぼんやりと思い浮かべていた。
 
 望遠鏡の先に映ったのは、千羽鶴だった。
 小学生たちの、入院した友達のために心込めて折られた千羽鶴。
 千羽鶴のそばには、「〇〇ちゃん元気になってね」と書かれた色紙があった。
 地震の被災地に千羽鶴を送る無神経さが議論になったことがあるが、入院した友達のために折ったのならこれは美談であろう。
 俺は、ため息をついた。
 なるほど。
 俺に必要なのは千羽鶴を折ってくれるような友か。
 しかし、どう探せばいい?
 それは簡単、こうやって望遠鏡を覗けば――。


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