秋・八百屋・ボール

文字数 1,190文字

 秋である。
 実り高き季節となった。
 八百屋の店頭には種々の野菜が並んでいる。
 旬といえばかぼちゃやニンジンであろうか。
 カオリは、今日の夕飯はなににしようかしらなどと思いながら、八百屋の前にやって来た。
 すると店主が声をかけてくる。
「お、奥さん。今日はいいかぼちゃが入ってますよ」
「かぼちゃね。それもいいけど……」
「さといももあるしね」
「うーん。だったらそちらをいただこうかしら」
 カオリは、さといもと他に数点の野菜を買って、八百屋をあとにした。
 帰って夕飯にしなければならない。
 家路をしばらく歩くと、一人の裸の男が倒れているのを見かけた。
 正確には裸ではなく、腰のところにふんどしのような布を巻いてはいる。
 しかし、現代日本でこうした格好が奇異の目で見られないのはプールサイドぐらいのものだろう。感覚的には裸である。
 どちらにせよ、放っておくのも気がとがめたので、カオリは男に声をかけた。
「もしもし、大丈夫ですか?」
 すると、男はむくりと起き上がった。
「ああ、腹が減っちまって……」
「まあ、それはお気の毒に」
 カオリはそう言ったあと、少し考えて、次の句を言った。
「……もしよろしければ、家でご飯でも食べて行きます?」
「そりゃありがたいね」
 男を連れて家に帰ったカオリは、予定通りのサトイモ料理を作り、一部を男にふるまった。旦那が帰ってくるまではまだ間がある。すぐに食べて帰ってもらえば、問題になることもあるまい。
 男は、サトイモ料理をたいらげたあとに、言った。
「おいしかった。タロイモにもこんな食い方があるんだな」
「それはよかったわ。あなたのところではタロイモをお食べになるの?」
「ああ、俺らのところではそれが主食さ」
 そう言うと男は、腰の布のそばにくくりつけた布から、一個のボールを取り出した。
「食べさせてくれたお礼に、ひとつ芸をお見せするぜ」
 男はボールでリフティングを始めた。
 欧州有名リーグのサッカー選手もかくやともいうほどの華麗な腕前である。
 頭にあったかと思うと次の瞬間には足元にあり、さらに次の瞬間に足から足へとボールが飛び移っている。
 男のリフティング芸が終わったあと、カオリは恍惚としていた。
「大したものねえ」
「なに、ほんの余技さ……」
 男はそう言うと、ボールをカオリに投げてよこした。
「こいつはお礼だ。とっておきな」
 男はそう言ってボールをカオリに渡すと、軽やかな足取りで去っていった。
 カオリは夫が帰ってくる前に、ボールをタンスの奥に隠した。

 数日が過ぎた。
 カオリは、ふと、しまったボールをまた見てみようと思った。
 タンスを開く。
 ボールは、純金の球へと姿を変えていた。
 カオリは少し首をひねったが、男の奇妙な姿を思い出し、なんとなく、こういうことが起こっても不思議でないような気分になった。
 黄金の球から、サトイモの匂いが漂ってくるような気がした。
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