道半ば・エアギター・買い取り価格

文字数 1,081文字

 俺はギタリストだ。
 正確にはその志望者。
 道半ばと言ったところか。
 気の合った仲間とバンドを組んで、そこそこのところまできた。
 インディーズバンドとしては少しは会場に客が入るようになった。
 自腹で買ったチケットを友達に配って埋めていた時代が懐かしい。
 ところが、好事魔多し。
 ボーカルが病気で倒れてしまった。
 半年ばかり入院し、幸い命に別状はなかったが、喉がやられてしまい、もう歌うことは出来ないらしい。
 また、ボーカルのいない半年間のうちに、バンド自体の人気も落ち加減になっていた。
 代わりのボーカルを頼むことも考えたが、それはどうも入院したボーカルへの義理を欠くような感じもした。
 もし代わりのボーカルを立てて、元のボーカルが帰って来た時にも気まずい。
 なにより、あいつが俺たちのリーダーだ。
 バンドを始めたのもあいつだし、あいつ抜きでの活動など考えられなかった。
 そういうわけで、俺たちのバンドは事実上の解散の運びとなった。
 
 夢をなくした俺は、ある日、ネットで動画を見ていた。
 自分たちがデビューできなくなったからといって、ライブを見るのまで嫌いになったわけじゃない。
 あちこちのバンドの動画を順繰りに見た。
 そのうち、『あなたへのおすすめ』欄に一個の動画が表示された。
 それはエアギターだった。
 バカにしながら見始めたのだが、なかなか大した代物だ。
 動画の再生が終わる頃には、俺はエアギターに魅入られていた。
(俺の天分は、案外、こんなところにあるのかもしれないな)
 そう思って俺は、すぐさまエアギターの練習を始めた。
 音にあわせて、エアギター。
 元が真剣にギターに取り組んでいた人間だから上達も早い。
 動画を配信すると、たちまちに、俺は人気者になった。
 やがて、俺は伝説のエアギタリストになった。
 
 ある日俺は、ライブ時代のギターを質屋から買い戻した。
 動画配信を始めたばかりの頃、生活費のために質に入れたものだった。
 まだ残っていてくれたのはラッキーだったとしか言えない。
 大して高い買取価格でもなかったが、当時の生活の足しにはなった。
 エアギタリストになったからといって、元のギターへの愛着をなくしたわけじゃない。
「おかえり、俺のもうひとつのギター」
 そう言って、俺はギターを抱いた。
 本物のギターも悪くないな。
 俺はエアギターと共にギターの弾き語りの配信も始めた。
 エアギターほどではないが、そちらもそこそこの人気となった。
 
 ギター、ギター、ギター。
 それが実体のあるギターであれないギターであれ、俺の人生はギターと共にあるようだ。
 常に。 
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