第1話 Plan

文字数 937文字

 革靴がタイルをコツコツと叩く。その音が誰もいない廊下に響き渡る。もう何度もここを通っている。今日はしかし、いつもに増して緊張する。気にならないはずの靴の音が、心臓の鼓動と同期した。
 雉田博士は、ドアの前で立ち止まり、大きく一回呼吸をする。このような時、呼気に十分な時間をかけるのが良い。ゆっくりと息を吐き、博士はそのドアをノックした。
「遅かったわね。入りなさい」聞きなれた艶やかな声。ドアノブに手をかけ、それを回す。部屋の灯りが眩しい。少し目を閉じかけるが、背筋を伸ばして瞼に力を込めた。
 目の前には、明るいグリーンを基調にしたスーツを着た女性。少子化対策担当大臣の犬尾だ。男女平等を強く訴える市民団体から国政に打って出て、ここまで上り詰めた。整形の噂が絶えないが、実際五十代には見えない若さと美貌を備えている。雉田は研究一筋の人生を送って来たため、ここまで独身だ。いつもはこの犬尾と二人だけで面会する。中年女性の色香に惑わされる自分が情けなく、恐ろしい。しかし、今日は違った。
 彼女の隣に、ひと際大きな男がいた。いや、彼が一緒なのは事前に知らされていたので分かっている。しかし報道で見知ったはずのこの男がここまで大柄で筋骨隆盛だとは知らなかった。これなら護衛の連中よりよっぽど強そうだ。
 男は立ち上がり、雉田に手を差し出した。この体格にして、動きが素早い。先に行動され、雉田はまごついてしまう。自分の名前を言って、彼と掌を合わせる。握力が強い。顔を歪めてしまっては負けなので、雉田は精一杯の笑顔を作った。
「内閣総理大臣の猿渡です。この度は、よろしくお願いしますよ、雉田博士」
 ようやく手の力が解かれた。軽い痺れが残っている。ここまでのし上がる人物はやはりスケールが違う。こんなことをしておきながら、笑顔で話を続けている。
「どうですか? うまくいきそうですか、例の話は?」
 やはり笑顔をたもちながら、猿渡総理が問いかけてくる。雉田としては、自分の技術に勿論自信がある。ここで謙遜しても仕方がないだろう。
「当然です。これが男女平等社会の最終回答です」
 雉田は極端に顎を挙げ、虚勢を張った。しかし、猿渡には何も響かないようだ。
「では、早速、教えてください。雉田博士のプランを」
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