第3話 Indecency

文字数 1,237文字

「猿渡総理、犬尾大臣。すみません。ここからが本番です。男性も妊娠、出産ができるということで男女平等の観点からも支持を得やすかったのですが、男性の妊娠には保険が使えず、また当然ですが、子宮がある多くの女性は腹膜妊娠を選べません。医学的にもですね、子宮よりも体表に近い腹膜で妊娠させる訳ですから、子宮よりも消化管に近くもしものときの感染リスクが高い。また胎児は、体外からの衝撃に弱くなるでしょう。実際、子宮よりも広い容積を取ることも難しい。どうせ帝王切開なら、と在胎三十四週くらいの早い週数で外界に出してしまうので、NICUへの入院も増えてしまいました。それは犬尾大臣もよくご存じかと思います」
 犬尾は、満足げな表情で猿渡に顔を向けた。本当は分かっていないだろうな、と雉田は思っているのだが、黙って続ける。
「そこで、もう代用子宮は人間の外に出してしまおう、ということになったのです。動物を使う研究もあったのですが、安全面と愛護団体の猛烈な反対で、実現しませんでした」
「ということは、なんらかの機械、ということだね。子どものころ読んだSFマンガにあったよ」総理が身を乗り出してきた。文系人間ということだったが、理系的なジャンルも好んで読んでいたようだ。
「そうです。空想の、夢の技術は、現実のものになってきました。空飛ぶ車も、宇宙旅行も、全てSFから始まったと言って良いのではないでしょうか」
 科学者である雉田も子どものころからSFマンガや小説を愛読してきた。その影響があってこそ、現在の立場まで突っ走ってこられた言っても過言ではないだろう。
「人工子宮そのものは、胚細胞からでもiPS細胞からでも作れますし、それならば工業製品として流通させることができるでしょう。ただ、体外の人工子宮、子宮装置も大きすぎては実用的ではない。また、本来命の伝承である妊娠期間を、温かみを保ち、神聖な気持ちをはぐくみ続ける時間にしたい。なので、あまりにも機械然とした形にはしたくない訳です」
「なるほど。確かにそうかもしれんね。で、結局のところどうするんだ。私はそこが知りたいのだ」ここまで力を込めて話を進めて来たつもりだった雉田だが、猿渡にはその思いが伝わっていない。残念に思いながらも、説明のために用意したタブレットの画面を叩き、別のファイルを開いた。数秒後、この三人だけが存在する深夜の会議室に3D画像が浮かび上がった。大人の手のひら四枚分ほどの大きさをした、ピンク色の物体。人間の臀部にも似たその形状は、桃そのものだ。ただし、人間が食べるために作り、売られているそれと比べ明らかに大きい。犬尾女史の表情が曇った。
「これが人工子宮な訳ね。でもなんだってこんな形にしたの? ちょっと、なんというか、卑猥だわ」
「そんなことはないだろう、犬尾くん。人間味のある形じゃないか。それに子宮の形をそのままかたどっても分かりにくいだろう。生産性の象徴という意味でも果物というのは、理にかなっていると思うよ、私は」
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