第2話 Uterus

文字数 811文字

 雉田は、やはり科学者である。先達が成し遂げて来た成果があってこそ、現在の自分の技術が成立するということをしっかり理解している。俄然、その部分の説明が長くなってしまう。忙しい文系出身の政治家を相手にする場合は要点を絞り、単純化して話をした方が良いということも分かっていたが、仕方がなかった。
「子宮を摘出せざるを得なくなった女性が妊娠を希望するケースに対応すべく、子宮に代わる臓器を見つけるか、作るか。この発想からまず試されたのは、腹膜でした。腹膜の伸縮性は問題ありませんでした。子宮内膜が全く存在しないと、胎盤の形成が不十分です。なので、子宮を摘出してしまう場合、本人の内膜を腹膜に移植しておくという術式が採用されました。その結果、腹膜で子宮内膜症が再燃したケースもありましたが、概ね良好な成果を得られました」
「では、その腹膜で行くのかい」猿渡が問う。
「いえ、総理。これでは女性が『産む機械』だった時代に逆行します」犬尾が口を挟んでくる。
「そうです、犬尾大臣のおっしゃる通りです。ここまでは、実用化もされているのですが」
「そうか。では続けてくれたまえ」
「腹膜に着床させ、そこで胎児が育つなら、男性でも妊娠ができるだろう、と思いつくということです」
「なるほど、男も妊娠か。産道はないのだから、出産は……」
「全例、帝王切開ということになりますね。感染のリスク、無痛分娩の隆盛とその一方で高まった危険性を考慮すると、経腟分娩よりも分があるという意見も多かったのです。産道を通るほうが、腸内細菌叢は早く安定しますので、アレルギーなどの専門家は反対していましたが、結局その方向に向かったのです。これが十年ほど前のことでした」
「じれったいな、早く答えが欲しいね」左足を揺すりながら総理が言う。この人は未だに愛煙家と名乗り続けていることが話題の政治家だった。隠さないのが良い、という部分の人気もあって、下馬評を覆して総理大臣に就任した。
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