第7話 真相

文字数 1,098文字

 生徒が去った理科室で、(くだん)の傷に手を添えるダラセンこと設楽真(しだらまこと)
 
 見つかっちまったな……

 遠い日のことが蘇ってくる。

 真はこの学校の卒業生だった。
 親の離婚前だから、当時は甘木真(あまぎまこと)
 ネグレクトな親のせいで、言わゆるグレてどうしようもない生徒。

 そんな彼の初恋は、鵲小春(かささぎこはる)と言う同級生のおとなしい女の子だった。
 つまり聖也の母親だ。

 教師から目をつけられている不良の自分と、おとなしくて優しげな小春。
 どこにも共通点なんかない。
 俺が好きなんて言ったら、迷惑になるだろうな。

 ふてくされとも、自虐ともつかぬ気持ちのまま、真はその気持ちを心に秘めて誰にも言うことはないと思っていた。

 昼休み、あてどなく構内を彷徨う。
 去年までは三年の先輩に混ざって憂さ晴らしをしていた。でも、三年生になったら、周りはみんな受験勉強に向かって行った。
 
 一人だけ取り残されたような置いてきぼり感。
 自業自得だとはわかっているが居場所が無いのは辛い。
 
 (から)の理科室にふらりと入り込んだ。

 そして、ふと、実験台にカッターを突き立てた。
 まるで心の(おり)を吐き出すように―――

 流石にまずいと気づいた時には、小春への想いが駄々洩れていた。
 
 慌てて、周りに同じような傷をつけ、目立たなくする。
 だが……結局文字を消す気にはなれず、そのまま残してしまった。

 あわよくば、小春に届いてくれたら。
 そんな奇跡に想いを託して。


 小春がこの文字に気づいたかはわからない。 
 
 卒業後大いに回り道をした後に、真は中学の教師になった。
 自分のように苦しい思いを抱えた生徒に寄り添いたい。そんな思いがあったから。


 東京で教師をしていたが、この春故郷のこの中学へと帰ってきたばかり。そこで、小春も離婚して帰郷したことを知る。
 自分のクラスの生徒として小春の子である聖也と対面した時は驚いた。
 こんなこともあるんだな。

 言えなかった想い。
 それは、今回も言えないと思う。

 まあ、それでいいのだろう。

 三者面談で顔を合わせた小春は少しやつれたようだったが、あの頃と同じく真面目でおとなしい印象。聖也も似ているなと思った。 
 小春が真に気づいているか否か。答え合わせはしない。この先の人生に、それはもう重要では無いから。

 言えなかった恋の顛末を噛みしめながら、ダラセンは教師に戻って呟いた。

 先ほどの四人には、どんな未来が待っているのだろうか。
 後悔したっていいんだよと。
 報われなくたって大丈夫だと。
 いつかは穏やかな気持ちで見つめられるようになるからと。

 伝え続けてやりたいけれど、流石にこの黒歴史は話しにくいなと一人顔を赤らめたのだった。


    了
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登場人物紹介

鵲聖也《かささぎせいや》

 両親の離婚により母方の故郷へ転校してきた。鵲の苗字にようやく慣れてきたところ。

 

大沢和成《おおさわかずなり》

 明るくてお調子者を演じているが、中身は繊細な男の子。

高橋夏美《たかはしなつみ》

 正義感の強い女の子。聖也のことが好きだけれど自分に自信がなくて告白できない。


稲生真紀《いなせまき》

 大人しくて目を合わせて会話をするのが苦手。聖也のことを密かに想っている。

設楽真《しだらまこと》 仇名 ダラセン

 担任の先生。いい加減な雰囲気だが、子どもたちのことをよく見ている。

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