第5話 真紀

文字数 658文字

 真紀は下を向くことに慣れているが、その時は顔を上げること自体を恐れていた。
 なぜなら、ここは理科室。教室と違って向かい合わせの席。顔を上げるとクラスの男の子の顔があったから。 
 どこに視線を向ければいいかわからなくて、緊張したまま下を向き続けていた。

 ふと、実験台の傷が目に入った。

 うわ、この席傷だらけ。誰かが鋭い金属のようなもので書き殴ったみたい。

 その傷が文字に見えた気がして、緊張が吹き飛んだ。

 うん? これカタカタに見える。えーっと、『カササギ』。
 これって鵲君の名前かしら?

 ドキンと心の奥が鳴った。

 ま、まさかね。私ったらなんでそんなこと思ったのかしら。

 ノートで隠すようにして、今度は芯の無いシャープペンでなぞる。
 
 やっぱり。筆の入り方とか、抜け方が文字になっているわ。

 習字をやっていたせいか、ついついそんな見方をしてしまう。
 そして確信した。これは明らかに、誰かが鵲を想って書いた文字だと。

 一体誰が? 
 
 羨ましい気持ちと共感が沸き上がる。
 真紀も密かに好意を抱いていたから。

 でも、私みたいなネクラな子、好きじゃないと思う。
 いつも言いたいことが言えなくて自己嫌悪に陥る。こんな自分、嫌い。
 
 だからこの文字に、自分の想いを重ねた。
 
 こんな形でしか伝えられない人が他にもいたんだ……

 考えながら何回もなぞっていたら、文字が削れて鮮やかになってきた。

 ま、まずいわ。先生に怒られちゃう。
 お腹がきゅっと冷えて顔が青くなる。
 
 このままひっそりと、想いも文字も見つかって欲しくないと思った。
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登場人物紹介

鵲聖也《かささぎせいや》

 両親の離婚により母方の故郷へ転校してきた。鵲の苗字にようやく慣れてきたところ。

 

大沢和成《おおさわかずなり》

 明るくてお調子者を演じているが、中身は繊細な男の子。

高橋夏美《たかはしなつみ》

 正義感の強い女の子。聖也のことが好きだけれど自分に自信がなくて告白できない。


稲生真紀《いなせまき》

 大人しくて目を合わせて会話をするのが苦手。聖也のことを密かに想っている。

設楽真《しだらまこと》 仇名 ダラセン

 担任の先生。いい加減な雰囲気だが、子どもたちのことをよく見ている。

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