梅雨葵 第4話
文字数 770文字
大会の当日、大雨警報が発令された。古い会館の窓にとめどなく打ち付ける雨の音がその激しさを物語っていた。
集合時間に先輩たち二人は来なかった。
次は俺たちの番だ、というくらいのタイミングで俺は知った。二人が乗ったバスが事故にあったこと、俺の乗ったひとつ後のバスだったこと、大雨の中、そのバスが大破していたらしいこと。
バスの中、ワイパーすらうまく効かないほど雨に濡れたフロントガラスを思い出した。
走った。何も考えられなかった。金属の音がする階段をカンカンと言わせながらがむしゃらに登った。グレーの無機質な景色が永遠と思えるほどに視界の端に流れていった。温度を感じなかった。いつもは丁寧に開けるはずの扉を邪険に開けて、そのまま照明室に入る。がしゃん、と金属どうしが激しくぶつかり合う音、そうしてそのままドアが閉まった。頭痛を助長させるような独特の匂いがツンと鼻をついて、リハーサルでお世話になった西井さんが驚いたような顔でこちらを見る。
「きみは」
「あの」
息がつまる。呼吸が整わない。はぁ、はぁと不規則になる呼吸にゆっくりと焦る気持ちを合わせながら、言葉を紡いだ。
「あの、緊急事態で、俺が舞台に出ないといけなくなりました」
「脚本をお渡しするので、照明をしていただけませんか」
「お願いします」
整わない呼吸。溢れそうになる涙と血の味のする口内。
深く深く下げた頭の上から、ぴんと張りのある、けれども優しい声が降る。
「顔をあげて」
ゆっくりと顔をあげた先には、まっすぐな目の西井さんがいた。
「きみのところは確か部員が三人なんだっけ」
「本当はいけないんだよ、けれど」
俺の目を見て頷く。
「頑張っておいで」
「ありがとう、ございます」
そのまま走った。後ろの方でがしゃんとまた、金属と金属がふれあう音がした。
集合時間に先輩たち二人は来なかった。
次は俺たちの番だ、というくらいのタイミングで俺は知った。二人が乗ったバスが事故にあったこと、俺の乗ったひとつ後のバスだったこと、大雨の中、そのバスが大破していたらしいこと。
バスの中、ワイパーすらうまく効かないほど雨に濡れたフロントガラスを思い出した。
走った。何も考えられなかった。金属の音がする階段をカンカンと言わせながらがむしゃらに登った。グレーの無機質な景色が永遠と思えるほどに視界の端に流れていった。温度を感じなかった。いつもは丁寧に開けるはずの扉を邪険に開けて、そのまま照明室に入る。がしゃん、と金属どうしが激しくぶつかり合う音、そうしてそのままドアが閉まった。頭痛を助長させるような独特の匂いがツンと鼻をついて、リハーサルでお世話になった西井さんが驚いたような顔でこちらを見る。
「きみは」
「あの」
息がつまる。呼吸が整わない。はぁ、はぁと不規則になる呼吸にゆっくりと焦る気持ちを合わせながら、言葉を紡いだ。
「あの、緊急事態で、俺が舞台に出ないといけなくなりました」
「脚本をお渡しするので、照明をしていただけませんか」
「お願いします」
整わない呼吸。溢れそうになる涙と血の味のする口内。
深く深く下げた頭の上から、ぴんと張りのある、けれども優しい声が降る。
「顔をあげて」
ゆっくりと顔をあげた先には、まっすぐな目の西井さんがいた。
「きみのところは確か部員が三人なんだっけ」
「本当はいけないんだよ、けれど」
俺の目を見て頷く。
「頑張っておいで」
「ありがとう、ございます」
そのまま走った。後ろの方でがしゃんとまた、金属と金属がふれあう音がした。