梅雨葵 第3話
文字数 777文字
リハーサルから六日が過ぎ、いよいよ明日は本番だった。ずいぶんと薄暗くなった道を、三人で並んで急ぐ。地面を打っては跳ね返る雫が制服の裾を冷たく濡らしていた。
全てが灰色がかっている世界。気が滅入るほどの雨の音が不規則に傘の上で鳴っていた。いつものように田んぼの横を通り過ぎる。灰色の中でひとつ、目が痛くなりそうなほど鮮やかな桃色をしたタチアオイを見て、桜子先輩が子犬のように無邪気にこちらを振り返る。
「ねえ私ね、初めて見たとき、これがハイビスカスだと思ってたんだ。だってさ、似てない?」
振り返った拍子に、傘についた雫がぴしゃんと飛んできて頬を濡らした。
「まあ、確かに」水滴を拭いながら言う。「言われてみれば」
「いや、似てないでしょ」けらけらと笑いながら蓮人先輩が言う。
「でもさあ、こんなに雨空の中で派手な色してしゃんと立ってるからさ、南国の花だと思ったわけ!」
紫陽花とか露草とか、もう、雨です! って色してるじゃんか。彼女の持つ花柄の真っ白な傘を、雨がつうと伝っては落ちていた。らせん状にたわわに蕾をつけたそれをよく眺めてみる。
「確かに、なんだか曇り空にこの鮮やかな花って、ちょっとアンバランスですよね」
そう言うと、桜子先輩はほころぶようにふわっと笑った。
「きっと、いちばん梅雨明けを楽しみにしている花なんじゃないかなって思ってる。梅雨のあいだもこんなに世界を明るくしてくれて、そうしてね、梅雨が明けるときに、いちばん上で、みんなが見えるようにお花を咲かせてくれる。けっこう道端とかに雑草みたく生えてるけどさ、わたし、すっごくこのお花好きなの」
彼女がそう話している間だけ、篠突く雨がそうっと遠慮したかのように静かに雨足を弱めた。
「明日は舞台の上で綺麗にこの花が咲いたらいいねえ」
俺たちは言い知れぬ希望に心躍らせていた。
全てが灰色がかっている世界。気が滅入るほどの雨の音が不規則に傘の上で鳴っていた。いつものように田んぼの横を通り過ぎる。灰色の中でひとつ、目が痛くなりそうなほど鮮やかな桃色をしたタチアオイを見て、桜子先輩が子犬のように無邪気にこちらを振り返る。
「ねえ私ね、初めて見たとき、これがハイビスカスだと思ってたんだ。だってさ、似てない?」
振り返った拍子に、傘についた雫がぴしゃんと飛んできて頬を濡らした。
「まあ、確かに」水滴を拭いながら言う。「言われてみれば」
「いや、似てないでしょ」けらけらと笑いながら蓮人先輩が言う。
「でもさあ、こんなに雨空の中で派手な色してしゃんと立ってるからさ、南国の花だと思ったわけ!」
紫陽花とか露草とか、もう、雨です! って色してるじゃんか。彼女の持つ花柄の真っ白な傘を、雨がつうと伝っては落ちていた。らせん状にたわわに蕾をつけたそれをよく眺めてみる。
「確かに、なんだか曇り空にこの鮮やかな花って、ちょっとアンバランスですよね」
そう言うと、桜子先輩はほころぶようにふわっと笑った。
「きっと、いちばん梅雨明けを楽しみにしている花なんじゃないかなって思ってる。梅雨のあいだもこんなに世界を明るくしてくれて、そうしてね、梅雨が明けるときに、いちばん上で、みんなが見えるようにお花を咲かせてくれる。けっこう道端とかに雑草みたく生えてるけどさ、わたし、すっごくこのお花好きなの」
彼女がそう話している間だけ、篠突く雨がそうっと遠慮したかのように静かに雨足を弱めた。
「明日は舞台の上で綺麗にこの花が咲いたらいいねえ」
俺たちは言い知れぬ希望に心躍らせていた。