文字数 1,973文字

 ザダは、ゼラフィと並んで落ち葉の積もる小道を辿った。村長とロムと、仕事の手があいている村人数人がハンを取り囲むようにして前を歩いている。
 森の木々はいい具合に色づき、木漏れ日を撒き散らしていた。散策にはもってこいの気候だ。行く先に待ち構えているものがなかったら。
「マーロにも〈聴き手〉はいるんだろ?」
 ザダはゼラフィに尋ねた。
「いました」
 ゼラフィは答えた。
「いた?」
「亡くなったのです。一月前に。新しい者が来るまで、私が兼任しています」
「死因は?」
「急な熱病でした」
 ザダは眉を上げた。
「あんたが看取ったのか」
「ええ」
 表情を変えることなくゼラフィは言った。
「呼ばれた時には手の施しようがありませんでした」
「〈薬〉は使ったんだろ?」
 ゼラフィは一呼吸おき、首を振った。
「バグドさんは、いらないと。わたしが生まれる前からマーロで〈聴き手〉をなさっていた方なのですよ。ここに来た当初、何度も相談にのって頂きました。尊敬していました。あの方の死には、〈薬〉も〈聴き手〉も必要ないと、ただ看取っていればいいと、わたしは思ったのです」
「で?」
 いささか皮肉っぽい口調でザダは尋ねた。
「どうだったんだ」
「最後にバグドさんは目を見開いて、何か言いたげに見えました。でも、一瞬のことです。もう次には、息をひきとっておられました」
「あんたが真っ先に精霊かもしれないと思ったのは、そのバグドの死がひっかかっていたからなんだな」
「わかりません」
 ゼラフィは目を伏せた。
「もし、わたしの〈聴き手〉の力がいたらず、バグドさんが精霊になったとして、マーロ村に災いをもたらすことなどあるでしょうか。バグドさんは、本当に自分の村を愛しておられました」
「死んだ人間と精霊は別個のものだ。死者がそのまま精霊になるわけじゃない」
 ザダは説明してやった。
「精霊に理性を求めても無駄なことさ。やつらを生み出すのは、死ぬ間際の強い思いや心残りだ。それが増幅して、時々手のつけられないものになる。だからあんたたちは〈薬〉を使うのだろう」
「はい」
 この世界のあらゆるところに精霊の〈(もと)〉は漂っている。それ自体は無色透明、人畜無害。この世界に人間が現れなければ(大昔、人間は星船に乗ってこの世界に降り立ったという)、〈素〉は永遠に空気のような存在のままだったろう。しかし、人間が住み始めたとき、あることが起こった。〈素〉は、死に際の人間の思いや記憶を吸い上げて、精霊と化すのだ。恨みをのんだ死だったり、生への執着が強いほど精霊の力はまがまがしいものになる。
 この世界に住みつづけるために、人間はなんとか精霊と折合いをつける方法を見つけ出そうとした。
 〈聴き手〉、そして精霊祓い。
 人に害なす精霊を追い払うのがザダたちの仕事なら、精霊が生まれないように努めるのが〈聴き手〉の仕事だ。〈聴き手〉に求められるのは冷静な判断力、何事にも動じない心と許容性。死を迎える人間が心残りの無いように黙って話しを聴き、すべてを受け入れてやる。それでもだめな時は〈薬〉を使って安楽な死に向かわせる。
 死を迎えるときは〈聴き手〉とて例外ではないはずなのに、バグドは〈薬〉を望まず、ゼラフィは彼に従った。もしマーロの精霊がバグドのものなら、バグドは自分をかいかぶりすぎていたのだ。世の中、そんなに達観した人間がいるわけがない。
「あのあたりですよ」
 ロムが立ち止まり、森から続いている小道の先方を指差した。
 それ以上進もうとしない村人たちを尻目に、ザダはどんどん近づいて行った。目をこらすと、確かに精霊の痕跡があった。
 精霊祓いの目には、精霊やそれに付随するものが特有の輝きを帯びて見える。精霊はそれぞれ微妙に違った色を持っていて、力のある精霊ほど鮮やかに輝いている。
 他の人間には見えない壁のように感じられるそれは、鈍いオレンジ色の光を放って立ちはだかっていた。手を触れると硬質の感触。来るものを拒んでいる。あるいは、中のものを逃さないでいる?
 ザダは煙管の灰を入れた袋を取り出して、中身を両手のひらに擦りつけた。
「あんたたちは、ここにいてくれ」
 ゼラフィに言う。
「やっぱり精霊らしい。入ってみる」
「わたしも行きます」
 ゼラフィは言った。
「自分で確かめたいのです」
「あんたに精霊は見えない」
 ザダはぴしゃりと言った。
「無駄なことはやめてくれ」
 何か言いかけたゼラフィを無視して、ザダは両手をオレンジ色の壁に伸ばした。
 〈力〉を両手のひらに集中すると、固い壁がたわんできたような感触があった。
 ザダはかまわず押し続けた。突然抵抗が失せ、
 勢いあまったザダは転がり込むようにマーロ村に足を踏み入れていた。
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