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文字数 4,069文字
ザダをはじめに見つけたのは、村の小さな子供たちだった。よく晴れた秋の日の昼下がり。仲間と鬼ごっこに興じていたおさげ髪の少女が、勢いよく街道に走り出て、あやうくザダにぶつかりそうになった。
少女は、驚いたようにザダを見上げた。大きな旅嚢を背負い、茶色い外套の頭巾を目深にかむった長身の男を。
そして、さらに目を見開いた。
他の子供たちも、ざわめきながらザダに近づいた。近くの豆畑にいた小太りの男がこの様子に気づき、急ぎ足で側に寄って来た。
「あんた」
ザダをまじまじと見つめて、男はいった。
「精霊祓 いだね」
「ご名答」
ザダは顔を上げ、にっと笑ってみせた。顔立ち整った、二十歳そこそこの青年だ。
まぶしそうに細められた目は、薄い灰色。そして、頭巾からはみだした長い髪は、絹糸のようにまっ白である。白髪と薄色の瞳は、誰が見ても一目でわかる精霊祓いの特徴だ。
「ありがたい。誰かを街までやるつもりだったんだ。こんな田舎じゃ、いつ祓い師がやって来るかわからんし」
「仕事かい」
「ああ」
男は、大きくうなずいた。
「来て話を聞いてくれないか。みな頭を抱えているんだよ」
「いいだろう」
街場や大きな村に定住しているのは、盲目となり、旅ができなくなった精霊祓いだ。たいていの若い精霊祓いは、視力が衰えるまで、ザダのように仕事を求めて諸国を巡る。断る理由はなかった。
男は、ロムと名乗った。そうしている間にも、子供らは自分たちのわずかな知識をささやきあっていた。精霊祓いの目は、太陽に当たりすぎると溶けて無くなってしまうだの、食べるのは精霊草だけで、精霊草を切らした精霊祓いは七転八倒して死んでしまうだの、でたらめな噂話を次々と。みな精霊祓いを目にしたのは初めてなのだ。
「これこれ」
ロムはたしなめ、一番年長らしい少年に言った。
「ノイ、村長の所に行って祓い師が来たと伝えてくれ。〈聴き手〉の家で待っていると」
「わかった!」
少年はぴょんと飛び上がって、一目散に駆け出した。他の子供たちも、わっとばかりに後に続く。
「〈聴き手〉のところに行くのか」
「ああ、そうだ。精霊祓いが必要かもしれないと言ったのは、あの方なんでな」
「へえ」
ザダはちょっと意外に思った。〈聴き手〉が率先して精霊祓いを求めるなんて、自分たちの無力さを認めているようなものだから。
〈聴き手〉は、それぞれの集落に一人づつ住んでいる。薬師であり、人々の相談役であり、死を看取る者だ。中でも、死に逝く者の心をなだめるのが一番の仕事。後悔や懺悔、恨み言、どんな話でも黙って聴き、心残りのないように送り出してやる。さもなければやっかいな精霊が生まれ、時に人々を悩ますことになる。
まあもっとも、不慮の事故や突然死で〈聴き手〉をすり抜けて生まれてしまう精霊も少なからずいて、そういう連中に限ってたちが悪い。だからこそ、精霊祓いの飯の種は尽きないわけだが。
村はなだらかな丘陵ぞいに横たわっていた。日当たりのいい斜面に作られた果樹園、さまざまな葉野菜や根菜の畑。その間に板葺きの屋根を好みの色で塗った、可愛らしい家々が二十件ほどちらばっている。
通りすがりの家の玄関脇や道端の木の下に、人の形めいたものがちらちらと漂って見えることがあった。水面から反射した光の彩のような影。これは、どこにでもいる無害な精霊。〈聴き手〉の働きあってか、穏やかな死を迎えた人間の思いの残り滓だ。放っておいても、時がたてば消滅する。
ロムは小川にかかった木橋を渡り、ザダを一軒の家に導いた。この家の屋根だけ色が塗られておらず、大きさのわりには庭が広い。庭には大小の草木が所狭しと植え込まれていた。みな香草や薬草だ。刈り取ったものは、種類ごとに束にして、軒下にずらりと干してある。〈聴き手〉の住まいであることは一目瞭然。
「ゼラフィさん」
ロムは戸を叩いた。
「いい案配に精霊祓いが通りかかった。連れてきたよ」
「ありがとうございます」
戸口に現れたのは、まだ少年と言っても通りそうな小柄な若い男だった。藍色の長衣をまとい、飾り気のない革ベルトをしめている。肩のあたりできっちりと切りそろえた黒い髪、けして表情を変えない取り澄ましたような顔つきは、これまでに何度か見てきた〈聴き手〉と同じものだが・・。
「あんたが〈聴き手〉?」
ザダは思わず尋ねてしまった。
「はい」
「ずいぶんと若いな」
「ゼラフィさんは優秀なんだ」
ロムが自慢げに口をはさんだ。
「二年前には修養課程を全部終えて、この村に赴任した。若くてもりっぱな〈聴き手〉だよ」
「ほう」
王立の養成所に入り、多くの修行と試験を経た後、許されたものだけが〈聴き手〉の認可を受ける。この歳で村ひとつ任されるとは立派なものだ。
通された家の中は、苦いような甘いような、なんとも言えない薬草の匂いがしみついていた。石組みの暖炉の火の上には鍋がかけられ、今も何かの葉が煎じられている。薬の調合台と食卓をかねているらしい古びた木のテーブルに椅子二つ。出窓の下にも長椅子があって、青っぽいキルトのカバーがかけられていた。炊事場の入り口の脇に立てかけられた梯子は、屋根裏部屋に上るためのものだろう。そこが〈聴き手〉の寝室になっているらしい。
ザダは勧められるまま長椅子に腰を下ろした。
「ちょっと失礼させてもらうよ」
頭陀袋の中から煙管を取り出し、もみほぐした精霊草を詰めて暖炉の火をかりる。深々と煙管を吸い、青白い煙を吐き出した。
「噂は本当なのかね」
ロムが興味深げに尋ねた。
「その精霊草を吸えなくなると、あんたたちは死んでしまうというのは」
「たぶんな」
ザダは鼻を鳴らした。
「試してみる気はないが」
はじめに精霊草の効用を見つけた人物は、たいしたものだとザダは思う。精霊草は乾燥した土地に群生する、白茶けた雑草のような植物だ。その細長い葉を口に入れれば、たいていの人間は死んでしまう。しかし、よく乾かして煙草にすれば、ある種の人間に力をもたらす。普通の人間の目には見えない精霊が見えるようなるのだ。修行次第では、精霊に対抗する〈力〉も持てる。
ただし、やっかいなのは副作用だ。精霊草は吸う者の髪を白くし、瞳の色を薄くする。やがて精霊祓いは視力を失い、見えるのは精霊の姿だけということになる。禁断症状も深刻で、まず一日吸わなければ命にかかわると言われている。精霊祓いになった者は、死ぬまで精霊払いでいなければならないわけだ。
戸口で声がして、村長らしい大柄な老人が入ってきた。白髪混じりの、痩せた初老の男をひとり連れている。
村長はゼラフィと挨拶を交わし、ザダの前に進み出た。
「ようこそお出で下さった、祓い師どの。わしはこのオオヴ村の長でカクスと申します」
「ザダだ。お困りごとを聞かせてもらおうか」
「はあ」
ゼラフィが椅子を持ってきて、村長と男を座らせた。男はがっくりと肩を落とし、そのまま両手で顔をおおった。
村長は、力づけるように彼の肩を叩いた。
「この者は、ハン。祖父の代から大工をしています。妻のイーリは、隣のマーロ村から嫁いで来ましてな、三日前、所用があって実家に出かけました。森一つ抜ければマーロで、女の足で半時も歩けば着く距離です。翌日には帰るからと言い残したそうですが、その日も次の日も帰ってこなかった」
「いままで、なかったことだ」
ハンは疲れ果てたように首を振り、話を続けた。
「何かあったにちがいない。わしは心配になって、今朝方、倅 を迎えに出しました。倅は血相変えて戻って来た。マーロの様子がおかしいと。わしも倅について行ってみましたさ。そしたら・・」
ゼラフィがお茶を入れ、みなに配ってくれた。薄緑色の香草茶だ。さわやかな香りがする。ハンは気を落ち着けるようにごくりとお茶を飲み、大きなため息をついた。
「どうしたってマーロ村に入ることができなかった。近くまで行くと、それ以上先に進めない。何かに押し返されてしまうんだよ。どこの道をとってもおなじだった。まるで、マーロ村全体が、見えない壁に取り囲まれているようだった。こんなことってあるかい? おれは、大きな声で呼びかけた。村のすぐ入り口に顔見知りの鍛冶屋の家があるからな。だが、返事は無い。向こう側は、おかしなほどしんとしている。地面に落ちた葉っぱすら動いていないんだ」
「おれたちも行ってみたさ」
暖炉の前に腰を下ろしていたロムが言った。
「村の何人かの男とゼラフィさんと。ハンの言った通りだった。驚いたな。石を投げても空中ではね返されてしまうんだよ。マーロで尋常ならざることがおこっている。これは普通の人間の手には負えないことだとゼラフィさんが言った。で、あんたが来た」
ザダは煙管をくわえたまま、ゼラフィを見やった。ゼラフィは、つつましくテーブルの脇に立っていた。
「精霊の仕業かどうか、何ともいえないな」
ザダは頭をぽりぽり掻き、正直なところを口にした。
「はじめて聞く話なんだ。精霊はたいてい人に憑いたり、ひとつの物事に執着したりする。話のように、まるまる村ひとつ抱え込むというのは、よっぽどの念が残ったか、新種の何かなのか・・。心当たりはあるのかい?」
ゼラフィ以外の者たちは、そろって首を振った。
「マーロでまっとうでない死に方をした者がいれば、必ず耳に入ってくるはずですからな」
村長がいった。
「どこからか流れてきたとか・・」
「ふうん、ありえないことではないが。古くて力ある精霊の中には、ただただ人間に悪さをするためにだけさ迷っているものもいるらしいよ」
ザダは懐からなめした革の小袋を取り出して、煙管の灰を丁寧に落とした。
「ともあれ、そこに連れて行ってもらおうか」
ついと立ち上がり、
「この目で見ないことには、はじまらないからな」
少女は、驚いたようにザダを見上げた。大きな旅嚢を背負い、茶色い外套の頭巾を目深にかむった長身の男を。
そして、さらに目を見開いた。
他の子供たちも、ざわめきながらザダに近づいた。近くの豆畑にいた小太りの男がこの様子に気づき、急ぎ足で側に寄って来た。
「あんた」
ザダをまじまじと見つめて、男はいった。
「
「ご名答」
ザダは顔を上げ、にっと笑ってみせた。顔立ち整った、二十歳そこそこの青年だ。
まぶしそうに細められた目は、薄い灰色。そして、頭巾からはみだした長い髪は、絹糸のようにまっ白である。白髪と薄色の瞳は、誰が見ても一目でわかる精霊祓いの特徴だ。
「ありがたい。誰かを街までやるつもりだったんだ。こんな田舎じゃ、いつ祓い師がやって来るかわからんし」
「仕事かい」
「ああ」
男は、大きくうなずいた。
「来て話を聞いてくれないか。みな頭を抱えているんだよ」
「いいだろう」
街場や大きな村に定住しているのは、盲目となり、旅ができなくなった精霊祓いだ。たいていの若い精霊祓いは、視力が衰えるまで、ザダのように仕事を求めて諸国を巡る。断る理由はなかった。
男は、ロムと名乗った。そうしている間にも、子供らは自分たちのわずかな知識をささやきあっていた。精霊祓いの目は、太陽に当たりすぎると溶けて無くなってしまうだの、食べるのは精霊草だけで、精霊草を切らした精霊祓いは七転八倒して死んでしまうだの、でたらめな噂話を次々と。みな精霊祓いを目にしたのは初めてなのだ。
「これこれ」
ロムはたしなめ、一番年長らしい少年に言った。
「ノイ、村長の所に行って祓い師が来たと伝えてくれ。〈聴き手〉の家で待っていると」
「わかった!」
少年はぴょんと飛び上がって、一目散に駆け出した。他の子供たちも、わっとばかりに後に続く。
「〈聴き手〉のところに行くのか」
「ああ、そうだ。精霊祓いが必要かもしれないと言ったのは、あの方なんでな」
「へえ」
ザダはちょっと意外に思った。〈聴き手〉が率先して精霊祓いを求めるなんて、自分たちの無力さを認めているようなものだから。
〈聴き手〉は、それぞれの集落に一人づつ住んでいる。薬師であり、人々の相談役であり、死を看取る者だ。中でも、死に逝く者の心をなだめるのが一番の仕事。後悔や懺悔、恨み言、どんな話でも黙って聴き、心残りのないように送り出してやる。さもなければやっかいな精霊が生まれ、時に人々を悩ますことになる。
まあもっとも、不慮の事故や突然死で〈聴き手〉をすり抜けて生まれてしまう精霊も少なからずいて、そういう連中に限ってたちが悪い。だからこそ、精霊祓いの飯の種は尽きないわけだが。
村はなだらかな丘陵ぞいに横たわっていた。日当たりのいい斜面に作られた果樹園、さまざまな葉野菜や根菜の畑。その間に板葺きの屋根を好みの色で塗った、可愛らしい家々が二十件ほどちらばっている。
通りすがりの家の玄関脇や道端の木の下に、人の形めいたものがちらちらと漂って見えることがあった。水面から反射した光の彩のような影。これは、どこにでもいる無害な精霊。〈聴き手〉の働きあってか、穏やかな死を迎えた人間の思いの残り滓だ。放っておいても、時がたてば消滅する。
ロムは小川にかかった木橋を渡り、ザダを一軒の家に導いた。この家の屋根だけ色が塗られておらず、大きさのわりには庭が広い。庭には大小の草木が所狭しと植え込まれていた。みな香草や薬草だ。刈り取ったものは、種類ごとに束にして、軒下にずらりと干してある。〈聴き手〉の住まいであることは一目瞭然。
「ゼラフィさん」
ロムは戸を叩いた。
「いい案配に精霊祓いが通りかかった。連れてきたよ」
「ありがとうございます」
戸口に現れたのは、まだ少年と言っても通りそうな小柄な若い男だった。藍色の長衣をまとい、飾り気のない革ベルトをしめている。肩のあたりできっちりと切りそろえた黒い髪、けして表情を変えない取り澄ましたような顔つきは、これまでに何度か見てきた〈聴き手〉と同じものだが・・。
「あんたが〈聴き手〉?」
ザダは思わず尋ねてしまった。
「はい」
「ずいぶんと若いな」
「ゼラフィさんは優秀なんだ」
ロムが自慢げに口をはさんだ。
「二年前には修養課程を全部終えて、この村に赴任した。若くてもりっぱな〈聴き手〉だよ」
「ほう」
王立の養成所に入り、多くの修行と試験を経た後、許されたものだけが〈聴き手〉の認可を受ける。この歳で村ひとつ任されるとは立派なものだ。
通された家の中は、苦いような甘いような、なんとも言えない薬草の匂いがしみついていた。石組みの暖炉の火の上には鍋がかけられ、今も何かの葉が煎じられている。薬の調合台と食卓をかねているらしい古びた木のテーブルに椅子二つ。出窓の下にも長椅子があって、青っぽいキルトのカバーがかけられていた。炊事場の入り口の脇に立てかけられた梯子は、屋根裏部屋に上るためのものだろう。そこが〈聴き手〉の寝室になっているらしい。
ザダは勧められるまま長椅子に腰を下ろした。
「ちょっと失礼させてもらうよ」
頭陀袋の中から煙管を取り出し、もみほぐした精霊草を詰めて暖炉の火をかりる。深々と煙管を吸い、青白い煙を吐き出した。
「噂は本当なのかね」
ロムが興味深げに尋ねた。
「その精霊草を吸えなくなると、あんたたちは死んでしまうというのは」
「たぶんな」
ザダは鼻を鳴らした。
「試してみる気はないが」
はじめに精霊草の効用を見つけた人物は、たいしたものだとザダは思う。精霊草は乾燥した土地に群生する、白茶けた雑草のような植物だ。その細長い葉を口に入れれば、たいていの人間は死んでしまう。しかし、よく乾かして煙草にすれば、ある種の人間に力をもたらす。普通の人間の目には見えない精霊が見えるようなるのだ。修行次第では、精霊に対抗する〈力〉も持てる。
ただし、やっかいなのは副作用だ。精霊草は吸う者の髪を白くし、瞳の色を薄くする。やがて精霊祓いは視力を失い、見えるのは精霊の姿だけということになる。禁断症状も深刻で、まず一日吸わなければ命にかかわると言われている。精霊祓いになった者は、死ぬまで精霊払いでいなければならないわけだ。
戸口で声がして、村長らしい大柄な老人が入ってきた。白髪混じりの、痩せた初老の男をひとり連れている。
村長はゼラフィと挨拶を交わし、ザダの前に進み出た。
「ようこそお出で下さった、祓い師どの。わしはこのオオヴ村の長でカクスと申します」
「ザダだ。お困りごとを聞かせてもらおうか」
「はあ」
ゼラフィが椅子を持ってきて、村長と男を座らせた。男はがっくりと肩を落とし、そのまま両手で顔をおおった。
村長は、力づけるように彼の肩を叩いた。
「この者は、ハン。祖父の代から大工をしています。妻のイーリは、隣のマーロ村から嫁いで来ましてな、三日前、所用があって実家に出かけました。森一つ抜ければマーロで、女の足で半時も歩けば着く距離です。翌日には帰るからと言い残したそうですが、その日も次の日も帰ってこなかった」
「いままで、なかったことだ」
ハンは疲れ果てたように首を振り、話を続けた。
「何かあったにちがいない。わしは心配になって、今朝方、
ゼラフィがお茶を入れ、みなに配ってくれた。薄緑色の香草茶だ。さわやかな香りがする。ハンは気を落ち着けるようにごくりとお茶を飲み、大きなため息をついた。
「どうしたってマーロ村に入ることができなかった。近くまで行くと、それ以上先に進めない。何かに押し返されてしまうんだよ。どこの道をとってもおなじだった。まるで、マーロ村全体が、見えない壁に取り囲まれているようだった。こんなことってあるかい? おれは、大きな声で呼びかけた。村のすぐ入り口に顔見知りの鍛冶屋の家があるからな。だが、返事は無い。向こう側は、おかしなほどしんとしている。地面に落ちた葉っぱすら動いていないんだ」
「おれたちも行ってみたさ」
暖炉の前に腰を下ろしていたロムが言った。
「村の何人かの男とゼラフィさんと。ハンの言った通りだった。驚いたな。石を投げても空中ではね返されてしまうんだよ。マーロで尋常ならざることがおこっている。これは普通の人間の手には負えないことだとゼラフィさんが言った。で、あんたが来た」
ザダは煙管をくわえたまま、ゼラフィを見やった。ゼラフィは、つつましくテーブルの脇に立っていた。
「精霊の仕業かどうか、何ともいえないな」
ザダは頭をぽりぽり掻き、正直なところを口にした。
「はじめて聞く話なんだ。精霊はたいてい人に憑いたり、ひとつの物事に執着したりする。話のように、まるまる村ひとつ抱え込むというのは、よっぽどの念が残ったか、新種の何かなのか・・。心当たりはあるのかい?」
ゼラフィ以外の者たちは、そろって首を振った。
「マーロでまっとうでない死に方をした者がいれば、必ず耳に入ってくるはずですからな」
村長がいった。
「どこからか流れてきたとか・・」
「ふうん、ありえないことではないが。古くて力ある精霊の中には、ただただ人間に悪さをするためにだけさ迷っているものもいるらしいよ」
ザダは懐からなめした革の小袋を取り出して、煙管の灰を丁寧に落とした。
「ともあれ、そこに連れて行ってもらおうか」
ついと立ち上がり、
「この目で見ないことには、はじまらないからな」