第10話 非日常な日常

文字数 1,159文字

 その日私は、正確には覚えていないが(この時点で既に現実直視を避けていたのだ)、4~5時間のうちに7万ほどを失った。財布が空になり、近くの郵便局のATMで5万円を下し、そしてまた店に入って打ち始めたのである。
 これには、理由がある。その1週間ほど前に、5万ほどをあらゆる台に費やし、私は財布を空にしていた。しかし、郵便局のATMでお金を下ろして再び打ち始めると、すぐに当たりが来、思わぬ爆連をし、結果的に13万を手にしていたのである!

 それで、この日も、7万入った財布が空になった→ 5万円のお金を下ろした→当たる!→大勝ちする! となるだろう、と考えた。いや、「だろう」どころか、「そうならないとおかしい」と考えていた。
 あの日と全く同じ、全く同じ線路を辿っているのだ。デジャヴュ。デジャヴュは、こちらが望む望まなくても、「そうなるもの」ではないか。
 したがって、7万を失くし、新たに5万を下ろした時、私はそれほど絶望もしていなかった。
 だが、夜の8時を回り、ついに当たりは来なかった。1週間前は、この時刻を過ぎた頃から、当たって当たって、当たりまくったのに。

 夢の中を生きていた私は、呆然と、それが義務であるように万札をサンドに入れ、妙な汗をかきながらハンドルを握っていた。
 時間と金銭。相応に、使ってきた眼、手首、希望や絶望、浪費と疲労の蓄積、それらダメージの蓄積だけが残った。打ちながら、ほとんど忘我(現実に目を閉じた自分は、自分自身に対してさえそうなる)、悔恨やら焦燥やら、切迫やら嫌悪やら悲壮やら── しかも、どれもごちゃまぜになって、いかにも中途半端な漠然としたものになっている── ウルトラマンに登場する怪人「ダダ」が、あの分身をして複数になったダダが、私の細部に覆い被さってくるような気味の悪い重み、気持ち悪さに私は全く支配されている。

 頭か心か、身体のどこか、「私」という存在をつくる、成り立たせるらしきもの──に、これから大当たりするかもしれない望みが、ほとんど消え入りそうな一点の望みだけが、それでも、あったのだ。
 お金のことは、もう、どうでもよくなっている。もう、どうにもならない。ただ、当たってほしい、せめて、1回でも当たってくれたら、と、それだけを願う。そして当たっても、そのまま打ち続け、失くすことを知っている。

 帰り道、パチンコ屋にいなかっただろう人々とすれ違う。カップルや、こどもを連れた、家族連れの人たちとすれ違う。ああ、ここが日常の世界なのだと思う。
 私は、自分が、異常な世界に、異常な自分が身を置いていたことを、そのとき、強く自覚する。尋常でない世界に、お金ごと、私自身が吸い込まれた自分を自覚する。あの場所に、拒み難い魅惑を感じ、磁石のように引っ張られていく自分を自覚する。
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