第25話 偶然の運命

文字数 1,138文字

 パチンコに頭が囚われていると、家の時計も、パチンコを中心に回るのだ。
 朝、10時前になれば、「ああ開店だ」と思う。9時半辺りに、ソワつく時もある。家からパチ屋まで、歩いて30分だからだ。開店直後は、ガラガラで、台も選び放題だろうな、と考える。
 12時になれば、「ああ、もうだいぶ埋まっているな」と考える。
 午後も、2時を過ぎれば、そろそろ軍資金の尽きた人が帰る頃か、と考える。
 4時は、意外と狙い目の時間な気がする。5時過ぎにやって来るサラリーマンに、「おっ、出てるじゃん」と思わせるために…。
 7時も、当たれば続く時間帯のような気がする。
 9時を回ると、「9時過ぎたら、もう打たない方がいいよ」と私に言った、十何年も前の、知らないおばさんの言葉を思い出す。
 あの場所に行かなくても、頭の中が飛んでいる。

 このような病的な情態になった時、この自分を憂い過ぎるのも、私には病的に思える。
 何にしても、病的な自分と、そこからの恢復──
 書こう、書こう。
 いつかの朝、近所のKさん(主婦)が玄関から出てきて、その時、ゴミを出しに行く私と、ばったり出くわした。
 それも、彼女の家の玄関が開いたと同時に、私は驚いてそちらの方を見てしまったので、Kさんも驚き、私も驚き、私は何か悪いことをした気がして、気まずさを感じて、私は眼を伏せてしまった。

「…おはようございます」と、Kさんはぎこちない挨拶をくれた。私もおはようございますを言ったが、その日以来、私はKさんの家の前を通る時、この朝のことを思い出し、ちょっとしたトラウマになっていた。このKさんの家の前を通る時、私はドキドキした。もし玄関が開いたら? 私は、どうしたらいいのだろう?
 だが、先日、あの朝の偶然が繰り返されたのだ。私が通り過ぎる時、玄関が開いたのだ…
 しかし、あの朝のような気まずさは、この朝の私とKさんの間になかった。
「おはようございます」
「おはようございます」
 笑顔で、われわれは挨拶を交わした! この一瞬で、それまでの私の、もやもやの霧、緊張の糸は晴れ、ほぐれたのだった。
 もしかしたら、Kさんも、あの時、気持ち良く挨拶ができなかったことを、ずっと気にしていたのかもしれない…

 こんなふうな、まったく些細な、ほんの一瞬の出来事が、致命的にもなり、その傷を快癒に向かわすことにもなり得るのだった!
 私は心の病を信じない。
 だが、自分のことを「パチンコ依存症」と思わないのはムリがある。
 しかし、依存症である自分を、嘆き、哀れみ、憂うことはやめようと思う。
 すでにもう、あの店の中でお金をイヤというほど投じていた時間に、いっぱい自分を嘆き、哀れみ、憂いていたのだから。
 自分を許そう。
 自分を手放そう、
 …私は軽薄だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み