第38話 よく死ぬために

文字数 1,192文字

 大まじめに、「収入がないんだから、パチンコで何とかしなくては」と真剣に考えていた自分に、今更ながら、ほんとうに驚く。
 よくぞ、そこまで思い込むことができたものだ。
 自己セラピーのように、ここに書き続けて、もし読者がいたのなら、やはりパチンコは辞めた方がいいですよ、と伝えたい。
 やめたほうがいいですよ。
 だが、あの銀の玉を打ち続け、ほんとうに幸せであるのなら、皮肉でも何でもなく、素晴らしいと思う。
 私は、おかげさまで、パチンコへの情熱は、以前ほどではなくなったが、許される金銭があれば行ってみたい。ただし、きっと、吐き気を堪えながら行くことになるだろう。

〈張り詰めすぎた弦は、切れてしまう〉

 あまり、決め事をつくらない方がいい。
「生涯、汝は、愛することを誓いますか」「はい、誓います」などと誓ったところで!

 今日、インターネットの、私の通っていた遊戯場の掲示板で、その店員と思われる「匿名さん」からの、こんな書き込みを見た。
「最近、客が怖い。
 店が裏操作してハメてる客はそれに気づいてる。
 かといって無職になるわけにいかない。
 でも客が家に来たらって考えると…
 ブラック企業を選んだ自分が悪いんですね。」

 これは、真実味のある文面だと思った。客から、脅迫じみた暴言でも吐かれたのか?
 店員さんからの、正直な、言葉だと思った。

 ○  ○  ○  ○ ○  ○

 パチンコで大当たりして、「やったー!」と叫んで、そのまま死んだ老人がいるという。
 そのような死に方に、私は憧れていた!
 ひとり、狂喜乱舞のうちに、ポックリ死ねたら、さぞ幸せだろう。最高の、これ以上ない至福の死に方ではないか…
 だが、今は、その考え方も変わってしまった。私の死に際、その最終段階の時が、発作的な一瞬で終わるのか、これまでの悪行の罰として、長く苦しみもがいて死ぬのか、それは知らない。
 ただ、「よく死ねたらいい」と思うようになった。

 何となく(ほんとうに何となくだった)、吸引されるように、中央公論社の「モンテーニュ」を読んでいて、その中に「よく死ぬ」という言葉があったのだ。
 この、「よく死ぬ」から、私に浮かんだイメージ、それは、微笑み・穏やか・静か… そういった人の面影だった。
 自分はやることをやって生きたのだ、という満足した感じ。
 切羽詰まっていない、余裕のある、優しい微笑の人。

 パチンコをやり続けて死ぬのもいい。だが、しかしそれは、「よく死ぬ」にあたって、決定的に反することのように思えた。
 死に際に、微笑めるためには、生きている間に微笑む時間を多くしなければ、死に際にも微笑めないだろう── そんな気がした。
 パチンコ屋では、しかめっ面の時間が長い。
 微笑んで、穏やかな気持ちで死んで行くために、そのように生きたい! そんな思いも、パチンコから私の足を遠ざける、要因の1つになっているようである。
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