第1話 パチンコデビュー

文字数 1,787文字

 そこは、唯一の私の居場所だった。学校は行きたくなかったし、バイトもしたくなく、親のいる家にも居づらかったから。
 子どもの頃から老けて見られたこの顔も、私がその場所に入るのに大いに貢献してくれた。悪いことをいっぱいしてきた人生も、こういう容姿をもって産まれてきた自分としての、必然の運命だったように思う。
 いや、容姿に罪もへったくれもない。この顔を、その場所に行くのに利用した、私のあこぎさが悪いのだ。
 オトナは会社に行き、コドモは学校に行くもの──これは私の中の「社会通念」だった。会社と学校。ヒトには、それぞれに所属先があるらしいのだ。けれど、そこに所属できない自分は、全くどうすればよかったのだろう?
 やくざにもなれず、自殺もできない中途半端な人間。宙吊りのままでは苦しすぎた。

 〈 社会なんて幻想で、それが己にもたらす苦しみも幻想だ。自分でつくっている想像物にすぎない。しかし、人間には幻想が必要なのだ 〉

 初めてそこに行ったのが、高校1年の夏休み。ぶらぶら町を歩き、汗だくになりながら、駅前の店に入った。客もまばらで、私はドキドキしながら、1万円札を両替機で千円札と500円硬貨に両替して、店内を歩き、座った…
 打ち始めると、何やらハネが開き、その中にあった何かが玉を拾い、「V」という穴に入った。
「当たり」だった。ハネが開き、閉じを繰り返し、開いている間に、そこに玉を多く入れると良いことが分かった。
 ジャラジャラと玉が出てきて、細長い、MDケースのような箱がすぐ一杯になった。店員を呼ぶボタンがあったが、呼ぶ勇気がなく、自分で空き箱を用意した。
 大当たりの時間が終わっても。そのまま打ち続けた。「お金に代える」のが、何か悪いことをする感じがした。その仕方も知らなかった。何より、お金よりも私の目的は、時間をつぶすことだったのだ。

 意外と簡単に当たることと、当たった時の快感を知った。そして集中して玉を打っていると、ふだん抱いている将来への不安が薄らぎ、「今この瞬間だけ」に、全く生きることができることを知った。
 私は、新しい体験と発見に満足して店を出た。
 今自分のするべきことは、こんなことじゃない。高校にチャンと通うか、それができないなら、働くなり、何かしなくては、と思っていた。
 そう思っても、一体自分が何をしたいのか、どうやって生きて行こうとしているのか、何のイメージもビジョンも目的も無いのだった。
 私は、高校を中退する勇気がなかった。高校ぐらい卒業していないと、この社会で、やって行けないように思えたからだ。
 といって、毎日学校に通う気にもならなかった。いじめだの体罰だの、何があったわけでもなく、ただ、学校が嫌いだったのだ。

 制服のない、公立の高校だった。朝、「行ってきます」と親に言い、飾り荷物を持って家を出る。学校と逆方向の電車に乗って、2駅目で降り、ドトールコーヒーで時間をつぶし、10時になるのを待った。
 開店の5分ほど前に行くと、4、50人もの行列ができていた。灰色のオーラを帯びた中年の男達が多かったが、若いカップルや金髪のお姉さん、普通そうな若者、婦人、お爺さんお婆さんも並んでいた。
 私は、何となくその列に加わるのが恥ずかしく、他人のふりして離れた場所に立ち、タバコを吸いながら夏の空を見ていた。大きな入道雲が、もくもくとビルの向こうから浮き上がっていたが、その下に小さなはぐれ雲が、離れ小島のようにポツンといた。
(オレは、こんな所で何をしているんだろう。何のために生きているんだろう。一体、どうなってしまうんだろう)
 薄く涙ぐんでいると、店の自動ドアが開き、人々が吸い込まれて行くのが見えた。
「いらっしゃいませ!」店員の声が威勢良く聞こえる。開店時の店内には、景気のいい、F1レース番組のテーマソングが大音量で流れている。私はわざと遅れて、その中に吸い込まれた。

 さあ、どの台に座ろうか…
 そこは、夢の島のようだった。宝が、あちこちに埋まっている。誰にでも、その宝をモノにできる権利がある。自分の自由の中で、自分が選んだ台で、自分の運命が決まるのだ。
 先日やった「ハネもの」コーナーに吸い寄せられる。
 当たらなければ、こんなことをしている自分への罰だ。そう思う、用意はできていた。
 当たったら、喜ぼう── その用意も、できていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み