第9話

文字数 1,775文字

 アパートに戻ると加藤はとっくに帰っていた。弁当の空容器を2つ残して。せめて後片付けはしろよ。ともあれ俺は加藤の持ってきたスーツケースを開けて部長に見せた。中身を確認したのは俺も初めてだが中には札束がぎっしりと詰まっていて、申し訳程度に小銭も入っていた。
「部長、見ての通りここに3億円があります。これを十薫さんの手術代に使ってください。」
「きちんと数えてはないが、確かにそれぐらいはありそうだな。だがどうやってこんな大金を?」
「ええと、それは…」
「部長の悪口を書いたらこんなに大金を貰えました」なんて言えるはずもなく、俺は黙り込んだ。
「言えないのか?悪いが出処の分からない金を使うことはできない。お前が他人に言えないような方法で稼いだのならなおさらだ。」
「わ、わかりました、全て話します…」

 俺は部長に全てを話した。例のサイトに部長の悪口を書き込んでいたこと、そのサイトの報酬の基準のこと、大金が入ったのは部長のクビの理由を知ってからであることを。流石に加藤が一枚噛んでいることは話さなかったが。部長は苦い顔をしたまま少し下を向き、小刻みに震えていた。
「部長、本当に申し訳ございませんでした!!
 俺はその場に土下座し、額を床に打ちつけるように深く頭を下げた。と同時に部長から思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「まず一言、正直に話してくれてありがとう。言いづらかっただろう。そして次に...」
 一瞬だが間を置く。空気が張り詰める。俺は固唾を呑んだ。いったいどんな怒声が飛んで来るのか、そんなことを考えていたが部長から返って来たのは意外にも謝罪だった。
「こっちこそすまなかった!!
「ぶ、部長!?
 俺が頭を上げると部長も俺と同様に土下座していた。
「や、やめてくださいよ、部長!!
「俺がいなくてもお前たちがきちんと仕事をこなせるようにと思ってつい厳しく接していたんだ。とはいえまさかお前をこんなにも追い詰めていたとは知らなかった。頼む、許してくれ!!
 俺はてっきり殴られると思っていた。そりゃそうだ、それぐらいのことはしたのだから。ところがこの人はこんな状況ですら自分に非があると考えるらしい。なんと言うか、本当にお人好しがすぎるよ…

 しばらくして俺は部長に聞いた。
「部長、さっきの話信じてくれるんですか?」
「ああ、どうせ噓をつくならそれこそ宝くじが当たったとでも言うだろうしな。」
「それより、俺のことを許してくれるんですか?こんなに酷いことをした俺を…」
「まあ、この件については俺にも落ち度はあるしな。それに、お前の話が本当だとしたらお前は相当反省してるんだろうしな。ま、十薫の悪口を書いていたらめった刺しにしていたがな。」
 部長は笑っていたが、俺は顔を引きつらせた。ちなみに十薫さんへの悪口は一言も書いてませんよ…
「それで、この3億円は使っていただけますか?」
 部長はまたしても少し黙り込んでから口を開いた。
「そのことだが、正直そのサイトの管理人のことは全くもって信用できん。あとで色々と因縁つけられるかもしれんしな。」
「じゃ、じゃあやっぱり…」
「そこについては信用してくれて大丈夫っすよ。」
 声のする方向に振り向くと加藤が玄関に立っていた。
「加藤、お前なんで…」
「いやあ、お前ん家に忘れものしてさ、そしたら何やら部長と話し込んでたみたいだから入りづらくてさ。」
「加藤?お前までなんでこの話を?」
 部長は加藤に尋ねた。
「なんでって、こいつに金届けたの俺なんすよ…てか寺嶋、お前俺のこと話してなっかたのかよ?」
「じゃ、じゃあ加藤、お前がこの3億円を?」
「いいや、俺はこいつに届けただけです。金を出したのは管理人で俺は少しばかりそいつと接点があるだけ。」
 続けざまに加藤は言った。
「心配しなくても反社とかそういうのとは繋がってませんから。万が一管理人がどうのこうの言い出しても俺がなんとかしますよ。ああ、それと税金云々についてはこちらで何とかしますんで気にしなくて大丈夫っすよ。」
 なんとかって、お前になんとかできる相手なのかよその管理人は…俺も正直その管理人は信用してなかったが、部長は決心したようだ。
「よしわかった、お前たちに騙されたと思ってその3億円を十薫の治療費に使おう。」
「部長、ありがとうございます!!
 こうして3億円の使い道は決まった。
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