第10話

文字数 1,706文字

 十薫さんが手術でアメリカに飛び立つ前日、俺は病院で母の見舞いを済ませた後に十薫さんの病室に向かった。病気が悪化して病室が変わったのだ。その最中に部長と遭遇した。
「なんだ寺嶋、おふくろさんの見舞いの帰りか?」
「はい、ついでに十薫さんのお見舞いにも行こうかと。」
 どちらかと言うと十薫さんのお見舞いのついでに母の見舞いを済ませた感じだが。
「そう言えば前々から気になっていたのですが、奥様は…」
「妻なら15年前に亡くなったよ。死因は十薫と同じ病気だ。」
「そうだったのですか、そうとは知らずとんだ無礼を…」
 気にするなと言った後に部長は続けざまに言った。
「十薫がまだ小学生だった頃に亡くなったよ。それ以来俺は男手一つで十薫を育ててきた。と言っても十薫は子供の頃から病弱で大半の時間を病院で過ごしてたから父親らしいことはそれ程してやれてないがな。」
「それはさぞかし大変だったでしょうね。」
「ああ、だからあの娘には幸せになってほしいし、半端な男になど十薫はやれん。」
 なぜだかバツが悪かったのは内緒だ。

 そうこうしているうちに十薫さんの病室にたどり着いた。思っていたよりも十薫さんは元気そうだった。良かった。本当に良かった。
「あ、お父さん、と…雅人さんも?2人って知り合いだったの?」
「ああ、寺嶋は、いや、雅人くんはお父さんの部下だったんだ。」
 部長が俺を睨んだ気がするが気のせいということにしておこう。
「ところで私って本当に手術を受けられるの?手術費凄くかかるんでしょ。」
「ああ、そのことだが…」
 部長が言葉を詰まらせていたので俺が代わりに言った。
「手術費なら気前の良いあしながおじさんが容易してくれたよ。」
 すると十薫さんは吹き出すように笑った後、よほどツボにハマったのか手を叩きながら大笑いしだした。普段の十薫さんからは想像できないほどだったが、俺の冗談で彼女がここまで笑ってくれるのなら男冥利に尽きるというものだ。
「なにそれ、だいたいあしながおじさんは恵まれない子供にお金をあげる話でしょ?私一応大人だよ?」
「良いんじゃないの?十薫さん案外子供っぽいとこあるし。」
 俺は少し意地悪に言った。
「ああ!馬鹿にしたあ!私はれっきとした大人ですう~。」
 彼女は少しムキになって言う。
「ほらそうやってすぐムキになるとことか。」
「今日の雅人さんちょっと意地悪う~。」
 などとからかっていたら部長が咳払いをしたので我に返った。
「なんだお前ら、随分と仲が良いな。お互いに下の名前で呼び合ったり、人前でじゃれ合ったり。」
「い、いえそのようなことは…」
 背中に変な汗が流れ始めた。部長をなだめようとすると、十薫さんが先程の仕返しとばかりに追い打ちをかけてきた。
「ええ~、私たち友達じゃなかったの?」
「いや、そんなことは…」
 すると部長はほくそ笑んでから言った。
「冗談だよ。まあなんだ、2人きりで話したいこともあるだろうし、父さんちょっとタバコ吸ってくるから、寺嶋、娘に妙なことするなよ?」
 部長の顔は笑っていたが目の奥は笑っていなかった。心配しなくてもタバコ吸って帰るまでの時間じゃナニもできねえよ…

 少しの間沈黙が続いた後、俺から口を開いた。
「十薫さん、俺は君の思うような思いやりのある優しい人とは程遠い人間かも知れない。でも、そんな俺でも君を救って見せる!!君のことを幸せにしてみせる!!
「どうしたの急に?」
 十薫さんが少しキョトンとしたあと微笑みながら聴いてきた。
「俺さ、さっき君に”友達”って言われてなんとなく胸の奥がくすぶっているって言うか、とにかく君とは友達のままなんて嫌なんだ。」
「え、雅人さん私のこと嫌い?」
「逆だよ、君のことが好きだ!!だから、もし手術を無事終えられたら俺と結婚を前提に…」

―付き合ってください―

―はい―

 それからお互いを見つめ合い、それから少しして十薫さんが目を瞑り唇を少しすぼめた。これはつまりそういうことだよな?唾を一飲みしてから俺も十薫さんに唇を近づけ…ようとしたところで部長が部屋に入ってきた。
「おっと、これ以上はまだ許さん。」
 そんな訳で十薫さんとのファーストキスは当分お預けになった。
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