第6話

文字数 1,395文字

 実は十薫さんに会ってから俺は毎週母親の見舞いに伺うようになった。と言っても、実際には十薫さんと会うためといった方が正しいが。十薫さんとは映画や音楽の趣味が合うこともあり、数回合っただけですっかり仲良くなった。その頃には十薫さんが治るかどうか分からない難病と闘っていることも知った。一刻も早く彼女の病気が治ってほしい。

 部長からは相変わらず会社でいびられる毎日だ。その度に例のサイトに恨み節を殴り書いた。この頃にはどんな悪口を書いても報酬は3桁第だったがストレス解消目的で続けた。難病の女性の回復を願う一方で嫌いな上司の悪口は平然と書き連ねる俺ってなんなんだろうな。一度十薫さんに「雅人さんって母親思いで優しい人だよね」と言われた。そんなことねえよ、俺は母親思いでもなければ優しくもない。元に毎週お見舞いに来てるのも本当は君に会うためだし、誰かに言われなければ母親の見舞いすらきてたか分からない。それに、裏では気に入らない上司の悪口を書いているような人間だ。そんな人間が優しい訳ないだろ。

 加藤とは会社でも監察係としてアパートにきたときも相変わらずだ。加藤の素性を知っても良くも悪くも関係は変わらない。会って(主に部長の)愚痴を言って酒を交わして盛り上がる、だいたいこんな感じだ。

 こんな生活が数ヶ月続いたある日、俺の生活に変化が起きた。上野部長が会社を辞めたのだ。辞めたというよりは、クビといった方が近いか。正直このときはマジで嬉しかったね。嬉しさのあまり普段は絶対に買わない高級なシャンパンやらワインやらを買って加藤と乾杯しぐらいだ。ちなみにそのときは俺が奢った。もちろん部長への悪口で得た金で。他人への悪口で得た酒っていうのはなかなか格別だ…正直謎な部分もある。部長は性格はともかく仕事はできて次期常務候補だった人なのになぜ会社にクビを切られたのか...まあそんなことどいうでもいいぐらいに嬉しさが勝ったよ―このときは。

 次の日の職場はいつもと違って和やかな雰囲気だった。俺たち以外(と言っても加藤はいつもと変わらなかったが)もみんな生き生きとしてたから、みんな部長がいた頃は息苦しさを感じていたのだろう。帰宅後、そういえば例のサイトにそのことを書いてなかったことを思い出した。記念に書き込んでおくか。

『部長ざまあwwwクビになってやんのwwwま、会社も人事やらで時代にそぐわない人間を切りたかったんだろうな。あっ、もう部長じゃないかwww上野さん見てる~?って見てるはずないかwww今日あんたがいなかったオフィスは平和そのものだったよwww』

 さてと、たぶんこのサイト使うのもたぶんこれが最後かね。ま、ろくでもないサイトさんざん使っておいてなんだが、こういうのもそろそろ終わりにしないとな。しかし管理人もケチだったねえ、どうせならもっとドカッと大金がほしかったものだ…などと思い出に浸っていたらスマホに電話がかかってきた。加藤からだ。やれやれ、間の悪いやつだ。
「なんのようだ、加藤。」
「寺嶋か、実は大事な話があってな。」
「大事な話?例のサイトに関することか?」
「いや、部長のことだ。」
「部長、今さらあの糞上司がなんだよ?」
「落ち着いて聞いてくれよ?実は部長はさ…」
 加藤は言葉を詰まらせた。じれったいやつだ。
「なんだよ、早く言えよ。」

「俺たちをかばって会社を辞めたんだ。」

「えっ…」
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