サラリーマン×ケーキバイキング(後編)

文字数 3,280文字

次のケーキはパッションフルーツのムースゼリーにした。甘酸っぱくて、なんか常夏な味で、うまかった。帰ったらパッションフルーツ、ググろ。
ゼリーは小ぶりだったから、すぐ食べ終った。次を選びにショーケースへ向かってる間に作戦会議だ。予定通りチーズケーキにするか、それともここはあえてさっき存在を知ったホワイトチョコのムースに変えるか…最初は予想外のメニューの登場に慌てたけど、今の俺はそれすら楽しむ余裕が出てきている。

意気揚々とショーケースに向かって、ふと気づいた。店員が、さっきと違う。帽子の色が、赤じゃなくて、緑だ。
「お決まりですか?」
優しい笑顔と少し低めで穏やかな口調に、
「あ、はい、ホワイトチョコのムースを」
反射的に答えていた。でも、そうか、俺の本心はこっちだったか。ケーキを渡しながら、店員さんが話しかけてきた。
「ご満足いただけてますか?」
「あ、はい、もちろん。めちゃ…とても美味しいです」
急にそんなこと聞いてきたからしどろもどろになってしまった。でも一応営業職のはしくれ、すぐ返事はできたぞ。
「とても味わってくださってるみたいで、ありがとうございます。ごゆっくりお過ごしくださいね」
店員さんは笑顔のままでそう言って皿から手を話した。会釈を返した時、胸元に小さな「店長」と書かれたプレートが見えた。あぁ、店長だから、客のヒヤリングでもしてるのかな、男の客はやっぱり珍しいんだろうな…。

さてさて、早速ムースをいただこう。…お、あ、へ~。ホワイトチョコって言うからなんかすごい甘いのを想像してたけど、思ったよりずっとあっさりしてるな。でも、さっきのパッションフルーツとも違う…ムース続けて失敗かと思ったけど、意外とありだな。それにしても、ん~…この味、なんかホワイトチョコって言うより、なんか別の、なんかに似てるんだよな…。え~と……。あ、そうだあれだあれ、バニラ味のヨーグルト、の、リッチ版って感じ。いや俺これ舌だけで味わってたらバニラヨーグルトって言う自信普通にあるわ。この初感覚は記録しとこ。メモ、メモ…。
これでよしっと…メモを書き終えたその瞬間、ある考えが急に浮かんできた。店長のあの態度、もしかして俺、本当にどっかのなんかの回し者だと思われたんじゃないか?いやどっかのなんかの回し者ってなんだよ何にもわかんねーよ。いやでもそういう?カモフラをした訳だし思われても仕方ない…か?いやでも…いやいや、店長さーん!違うんです、違うんですよー!すごくそう言いたいけど、声かける訳にいかないし、そもそも俺の勘違いかもだし。本当に男性客が珍しくて声かけただけかも。俺の深読みかも。
いやでも…え~…なんかすいません店長さん…。

早めに切り上げるべきか、しばらく悶々としたけど、欲望には抗えず結局時間の許す限り食べた。店長がいたのはあの時だけだったから、多少気楽だったってのもある。
モンブラン(こんなに栗の味が濃いモンブランを俺は他に知らない。あとメレンゲの存在をこれで初めて知った)とオペラ(土台がアーモンドじゃなくてヘーゼルナッツって言われると確かに舌触りが違う気がする)を食べたら時間的にも胃のコンディション的にも次がラストオーダーだ。うーん、悩む。当初のプランだと、プリンかシュークリームかって感じだったけど、結局チーズケーキ食べれてないし…。決められないなら、俺の本能に任せてみるか。ショーケースに最初に目に入ったやつでいこう。

いざショーケースの前に立ったら、赤と白と黄色の黄金配色に目が行った。やはり定番で始まり、定番で終えるべきか…て、え?あれ?ショートケーキの隣のやつ、何?クリームバケット?新商品?なんか、シュークリームのフタ取れたみたいな感じだけど…。あ、説明が書いてある。えーと、シュー生地の上部分をカットして、中の空洞にカスタードクリームとホイップクリームをたっぷり詰めました…て、え、じゃああの生クリームがめっちゃ入ってんじゃん!は?最高すぎなんだが。逆になぜ今まで目に入らなかったのか俺。視野が狭すぎないか俺。いやもう最後のはこれ一択でしょ。

さぁ、いよいよ最後のケーキだ。「スプーンでお召し上がりください」と言われたが…うん、確かにすくって食べるしかなさそうだ。う、うわぁ~クリーム柔らか。さっきのタルトについてたやつ位じゃないか?ショートケーキみたいにしっかりホイップされたやつも満足感があって好きだけど、この飲めそうな位柔らかいのも、めちゃくちゃ美味い…。あ、カスタード見えてきた。この、生クリームとのコントラストで際立つ黄色と、バニラビーンズの粒の─さすがにそれくらいは俺にとっても常識だ─視覚的データがカスタード食べてる感を増幅させる。こっちは生クリームとケンカしない程度にどっしりとした固さで、ガツンと来る!う、うまい…ただただうまい。
最後に意味がわからんくらいいつまでもサクサクのシュー生地を口の中で響かせて、俺の初めてのケーキバイキングは幕を閉じた。

帰り際焼き菓子を数種類買った。取引先の手土産にいいかもしれないし。試食ってことで。
あれから店長は一度も顔を見せなかった。弁解できるわけないけど、せめてどういう意図の発言だったのか、知りたいとも思うけど、まぁ仕方ない。今度は正々堂々プライベートで来ます。彼女もいつか連れて来たいな。今度彼女の家に遊びに行く時の手土産にしてもいいな。ここのケーキに関してはアドバンテージあるし、俺。張り合う訳じゃないけどさ。たまには頭で食べてない感、出してみたいじゃん?
はぁ~…とにかくとにかく、至福の一時をありがとう!明日からも仕事頑張れるわ!日曜はデートだし、気合い入れて働こう、俺!





 *  *   *   *   *   *   

日曜、午前10時。
待ち合わせ場所で彼女を車に乗せる。前々から行きたいところがあると言っていたので、今日のデートプランは任せている。どこまでもお連れしますよ、なんてふざけながら、言われるがままに車を走らせた。

「ここって」
「会社の人に聞いたんだけどね、このお店美味しいんだって。店内でケーキバイキングやってるらしくて、オススメされたの。お腹空かせて行きたくて、この時間にしたんだけど…付き合ってくれる?」
「お、お~もちろん!」
「ありがと!後で辛いものでもしょっぱいものでも、好きなご飯付き合うからねっ」

いや
いやいや
いやいやいやいや
次はプライベートでとは思ったけど
いや前回もプライベートだったけど
そりゃ彼女と来たいとも思ったけど
数日前来たばっかじゃん
お店の人気づいたりしない?
いや落ち着け、平日と休日じゃ従業員も違うかもしれないし、俺も私服だし前髪おろしてるし、だ、大丈夫だよな?
いや別にバレたところでなんか問題あるか?いやないだろ自意識過剰だ落ち着け俺
……どうかバレませんように

「あ、午前中なのにもうけっこう混んでるね。入れるかな」
確かに前回よりかなりの人が入ってる。さすが週末。カフェスペースでも、友人グループや親子連れ、カップルで賑わっている。
「よかった、大丈夫だって」
彼女はご機嫌で席に着いた。可愛い。店員さんたちは忙しない様子だ。俺に気づく暇もなさそうで安心。
「いらっしゃいませ」
お冷やとともにメニューが出された。反射的に顔をあげると
「─!」
て、店長!あ、やべ目が合った。いや気づいてないよな…あ、いや、その笑顔、絶対気づいた…そうだよなこないだ面と向かって話したもんなついこの前だもんな…
ん?え、店長、その意味深な微笑みは、何…?
─あ!?あ!!いや違うよ店長、ビジネスのフリしてデートの下見に来てたとかじゃ、全然ないですよ?いやなんで店長がちょっと照れてんですか違うよ店長、店長ぉーーー!
おかしい。
一人で来た時の方が人目を気にしてたはずなのに、何で今日の方が視線が痛いんだ…。
いやもういいや、よし、こうなったらもう、堂々と楽しもう。何と思われようとも、気にせず今日も食べまくりますよ、もう、最高のケーキを、存分に楽しませてもらいますからね、よろしく、店長。
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