女子中学生×タクシー(前編)

文字数 2,750文字

土曜日、午前9時半。
未知の駅、一人で来た。
親友の晴れ姿を、見るために。

私たちは、小学4年生の時に出会った。それまでクラスが一緒になったことはなくて、音楽室で初めて顔を合わせた。
それからの3年間、強豪だったマーチングバンドで過酷な日々を過ごす内に、私達は絶対的な親友になった。
私はこのまま中学校でも一緒に音楽を続けると思っていたんだけど、彼女が希望の吹奏楽部に入るために引っ越すって聞いた時は、悲しいとか寂しいっていうより、ただただ驚いた。だって、私達こどもなのに、そんなことできるの?って。
でも彼女はやった。叔母さんのところに居候して、小さな従妹の世話もしながら、努力して努力して、2年生でメンバーに選ばれた。彼女から、聴きに来ないかって誘われた時は、嬉しくて絶対行くって即レスした。実際、私達は地区が違うから、予選の日程が被らなくて聴きに行ける。
うちの学校は先週予選で、無事突破した。うちのとこも結構強くて、パートにもよるけど、2年生でメンバー入りする人は少ない。ちなみに私は選ばれなかった。悲しい…ま、だからこそ今日部活休んで来れたんだけど。
でも…いつもみたいにママに車で連れてってもらおうと思ったのに、予定があってダメって言われちゃった。パパも仕事だし…。仕方ないから電車で行くことにしたんだけど、私、そういえば一人で電車乗ったことなかった。でも、降りる駅は終点だからそこは何とかなると思うの。ていうか、なったの。問題は、その後。

「え~…バス停どれ…」
だいたいさ、北改札にも南改札にもバス停の表示あるの意味わかんなくない?結局ぐるっとまわって両改札の中間地点にあるって、どっちから行っても一緒ならどっちかに限定しておいてよすっごく惑わされるんですけどー!県庁所在地の駅だからってちょっとお高く?止まってる?って感じ。不親切だよっ。
しかもバスはバスでターミナル?ロータリー?におんなじようなバスがいっぱい停まってて、どれがどこに行くか全然わかんないよう。そもそもバスってなんで停まるとこ全部表示しないの?そこが知りたいのに。乗る前に。しかも同じ停留所で複数の路線があって、路線図もごちゃごちゃしてすっっっごい分かりにくい。
普段は車か自転車か、たまーに友達と最寄り駅行きのバスしか使わない私には、ハードル高すぎるよぉ~。百歩譲って、帰りはこの駅終点だから大丈夫だと思うけど、今日行くホールは経由地だし、どのバスにもホールの名前表示されてないし…てゆーか、普通大会があるんだから(なん)かしらの案内とか出てても良くない?予選だから?あぁもう早めに来たはずなのにどんどん時間なくなっちゃうぅ。
「こうなったら…」
しかたない、奥の手を使うしか。
「タクシー乗り場は…」
そう、ママがくれた5000円。困ったらタクシー使えって。あと、おつりで会場の近くのおいしいって噂のケーキ屋でお土産買って来てって。タクシー代浮かせて私だけケーキ2個買っちゃおうと思ってたのに…。でもでも、背に腹はかえられないってやつだよね。
タクシー乗り場には一台しかいない。選択の余地なし。
…て言うか私一人で、客だって、わかってくれるかな。てかてか、どうやって乗ればいいの?手は…挙げないよね?もう停まってるんだし。ドアをノックすればいいのかな?でも急にドア開いたら危なくない?いつもママが予約して家まで来るからやり方が全然わかんない~。
「きゃっ」
ドアが開いた!
「乗るの?」
おじさんが運転席から話しかけてきた。愛想の欠片も無し…こわ…。
「あ、はい…」
急がないとだし、仕方ない、これに乗るしかないよね。
慌てて乗り込むと、バタンって強めにドアが閉まった。なんかもう、ずっとハズレ感しかないんですけど。
「どこまで?」
「えっ、あ、えと、県民ホールまで、お願いします」
タクシーなんだからそれでわかる、よね?
「…」
運転手何も言わないで出発したんですけど。本当に伝わったのかな。
大丈夫かな~不安しかない。こどもだからってなめて無駄に遠回りとかして料金上げたりしないかな…。仲良くなったらそういうことされないかな。とりあえず会話とかした方がいいのかなぁ…。家族(うち)がタクシーを使うのは、だいたいが夜の外食の時。お店や家が近づいたら、ママが詳しい道を説明してる。それまでは自分たちで会話してるから、気まずい沈黙とかはないし、おしゃべりな運転手さんが話しかけてきたらママがうまく相手してる。私はそういう時は黙って聞いてる。だからタクシー運転手との会話スキルなんて、全然ない。皆無。道案内しようにもそのルートがわかんないからこうしてタクシーに乗ってる訳で…。うぅ~…もう下手なことするよりは大人しくしてよう…。
………………………………………………。
え、てか、あとどれくらいで着くんだろ。公式の案内だと駅からバス・タクシーで15分ってあった(ちなみに徒歩だと30分)。もう乗ってからもう10分位経った?まだ?え、結構メーター上がってない?もうすぐ千円なりそうだよ?こんなすぐ上がるものなの?えーいくらになるんだろ、怖いんですけどぉ。
ママから渡されたのは5000円。電車が往復で1700円で、駅からバスだと片道200円。お土産のケーキは一個あたり大体400円として、パパとママと私と、今日はお姉ちゃんが帰ってくるから全部で1600円。とすると…1500円は絶対越えないで欲しい。
あ、あぁ、そんなこと考えてる内に1000円越えちゃった…。ホールの案内表示とか全然見当たらないし、なんか病院?の裏道みたいな細い道入ったんだけど、これ本当に着くの?こうなったらもう、運転手さんに聞いてみる…でもでも、話しかけるタイミングわかんない。
え、あ、ヤバいまたメーターのカウント表示出てる!嘘ーやだーどこまで上がるの…誰か助けてぇ~。
「ピッ」
カウント残り1のところで運転手がディスプレイにタッチした。
え?と思った次の瞬間左に曲がって停まった。外を見ると見知った県民ホールの入口だった。最後に来たのは一昨年で、いつもは学校からバスで中まで入るから、全然気がつかなかった、着いたんだ。
ぽけっと見てるとドアが少し開いた。
「あ、お金」
慌ててメーターを確認…よし、1200円、セーフ!
おつりなし丁度を出すと、ドアが大きく開いた。
「ありがとうございましたっ」
聞こえるように挨拶したつもりなんだけど…返事はなし。最後まで感じ悪かったなぁおじさん。
でも気にしない。ていうか、そんなことより達成感がすごい!ひとりで電車にタクシー、怖いおじさん相手に、めっちゃ頑張ったじゃん私!ケーキ屋さん行ったら、イートインでご褒美おやつしちゃおっかな。
それはさておきまずは、親友の勇姿を見なくっちゃね!さーて、いざホールへ!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み