女子中学生×タクシー(後編)

文字数 1,454文字

明日の日曜日は、娘の結婚式だ。
一人娘の結婚。しなければしないで心配だったのだが、するとなればそれはそれで寂しい。
今日は妻と娘で日帰り温泉に行ったらしい。
だのに前日まで仕事してる、自分。正直式の前日にどう振る舞ったらいいのかわからず、仕事に逃げたところはある。でも、結局、心ここに在らずで落ち着かない。とりあえず駅で待機していたが、急に何台も流れて、自分のところでピタリと止まってしまった。珍しく後続車もない。田舎とはいえ、土曜のこの時間に珍しいこともあるものだ。
ふと、ミラーに人影がチラついた。客か?それにしては、挙動不審な…あ、こども、か?制服を着ている、中学生だろうか。乗りたい…のか?一応、ドアを開けてみるか。
ドアを開き声をかけるとおずおずと乗り込んで来た。見慣れない制服だな…本当に学生か?家出少女とかじゃ、ないよな?聞けば行き先は県民ホール。あぁ、そういえば今週末は吹奏楽の地方大会があったな。参加者か?遅刻でもしたのだろうか、とにかく急いだ方がいいだろう。

ずっと強張った表情できまりが悪そうに座っている。キョロキョロと外を見ていて、土地勘がなさそうだ。時計も気にしている。やはり、市外の学校から来た大会参加者なんだろう。
ふと、娘がこれくらいだった頃を思い出した。仕事のついでに乗せたことがあったな。反抗期に入り始めて会話らしい会話がなくなっていたのに、「中学生で一人でタクシー乗ってる人なんて、他にいないよね」と呟いた時にミラー越しに見た少し得意気な顔が記憶に強く残っている。
─あぁ、そんな娘も、明日、嫁に行くのか
感慨に耽り、鼻がツンとする。いかん、運転に集中しなくては。
少女の視線が動かなくなった。どうやら料金表を見ているようだ。メーターが1000円を越えた瞬間、拳を握り唾を飲み込んだのがわかった。
─そうか、今時の中学生でも、千円は大金なのか。
いや、というか、近距離の移動にここまでお金を使うことに抵抗があるということだろうか。
瞬間、娘が小学生に上がり立ての頃、初めて手にした千円札に目を輝かせてお金持ちだね、お父さん!と言った時の顔が脳裏に浮かんだ。あの時は、おもちゃの化粧箱を買ったんだったか。おつりで買ったチョコレートを俺と妻に分けてくれたんだった。
いかん、すぐ感傷的になる。
少しでも早く着こうと、裏道に入った。もうすぐ。メーターがカウントダウンに入った。少女が目を見開いた。
本当は停車してからメーターを止めるのだが、思わず料金が上がる直前で止めてしまった。
少女が安堵の表情を見せる。あどけなさの残る表情が何とも可愛らしい。その顔がまた娘と重なった。どうにも今日は、いちいち娘を思い起こしてしまって胸が詰まる。彼女は丁度の料金を支払うと、ラッパの様な明るい声で礼を述べ降りていった。
こちらは今何か言えば、声が震えてしまいそうだった。
今日はもう、早仕舞いにしよう。この調子では事故を起こしかねない。
─そうだ、この近くのケーキ屋で買い物して帰ろう。母さんはあそこのガトーショコラが好きだったはずだな。娘は…昔はレアチーズケーキが好きだった。ブルーベリーが乗ったやつ。だが、今のはもうわからない。きっと、話題になったこともあったのだろうが。
聞いてみよう。他にも、どんな些細なことだって。話をしようと、誘ってみよう。こっ恥ずかしいな、母さんに頼らず、自分で言えるだろうか。いや、自分で、誘ってみたいのだ。あの子が私たちの娘だけでいてくれる最後の夜に、一緒に話をしよう。食後のケーキひとつ分だけ。
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