サラリーマン×ケーキバイキング(前編)

文字数 3,367文字

平日の午後0時半。
ランチのピーク時であるこの時間を、あえて狙って来た。
だってここは、洋菓子店だから。

この店は、会社から市をまたいで車で30分はかかる距離にある。実家からは割と近い。この店のケーキは、帰省の時実家で食べたのが初めてで、めちゃくちゃうまくて、調べたら食べ放題もやっているって知って。ずっと機会を伺っていたけど、今日、遂に来れた。

俺はケーキが好きだ。だけど普段は断然持ち帰り派だ。カフェやイートインスペースを併設しているケーキ屋でも、店内で食べたことはない。ましてやひとりでなんて。
だって
ケーキ屋で男独りって…ね?やっぱり、浮くじゃん?
まぁ、最近はラーメン屋に単独女子とかも結構いるし、男が1人でケーキ食べたって今時騒がれることじゃないって、わかってるよ。でも、でもさ。そういう人を見かけると、“お”って、なるじゃん?いや、別に、良いとか悪いとか特別な感想は全然なくて、強いて言えば最近増えたなって思う位で…でも、“お” とはなっちゃうんだよ。いやならない人がたくさんいるのもわかってるよもちろん。けどさ…でも、でも俺は“お” てなっちゃうのまだ!
…だから逆に自分が独りでケーキ食べ放題って、自意識過剰なのはわかっててもさ、それでも人の目が気になるんだよ。
実際、この店は、味が好きなのはもちろんだけど、知り合いがいないエリアってのが決定的だった。実家は近いけど、俺が大学生になる頃に越してきたから、俺が住んだことはない、からこっちに知り合いも友達もいない。その上、平日の方が人が少ないと思って、半休取って、さらにこの時間を狙ってようやく来れたんだ。
…いやもう誰に言い訳してんだ、もう店に入ったんだから、堂々としろ。
あぁでも、「1名、店内で」って、言った時、声震えた気がする…。

コトン、と水の入ったグラスが置かれた。店員さんが、にこりと微笑んだ。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ…はい、この“オーダーバイキング”をお願いしたいんですが…」
「かしこまりました。初めてのご利用ですか?」
「あ、はい」
初めてだけど、めちゃくちゃ予習してきました。
店員さんが流れる様に説明してゆく。
「後で専用のお皿をお持ちしますので、それを持ってショーケースにいらしてください。カットケーキ、プリン、ゼリーならどれでもおひとつ選んでご注文ください。食べ終わったらまた次のをご注文できます。ドリンクは、コーヒー一杯サービスとなっております。ホットとアイス、どちらにしますか?」
「あ、と、アイスで」
「かしこまりました。あとはそちらにお水と紅茶がセルフサービスでありますので、ご利用ください。あと、イートイン限定の本日のケーキがあるのですが、そちらも召し上がりますか?」
「っ、はいっ」
知ってる。めっちゃ楽しみにしてきた。
「かしこまりました、そちらはご用意でき次第お持ちしますね。では、お皿とお飲み物をお持ちしますので、少々お待ちください」
会釈を返し、息を小さく吐いた。いよいよだ。はやる気持ちは抑えてこちらも準備をしよう。小さなメモ帳とペンをテーブルに出す。スーツのベルトを少し緩めて、ジャケットはボタンは外すけど脱がない。姿勢を正し、緊張感のある表情を保つ。これが俺の考えたカモフラ、実は仕事で来てます感を出す作戦。午前中出社だからこそできる演出…いやどんな仕事ならこんなシチュエーションになるんだ。ただのスポーツ用品の営業マンだよ俺は。…うん、わかってる、わかってますよ、別にスーツ姿の働き盛りの男性が平日昼間に来たって、別に誰も何も思わないだろうってこと。でも…でも何かしないではいられないの俺は、まだ。これが今の俺の精一杯なんだ、わかってくれ…いや誰に言ってんだ。
「お待たせしました」
お姉さんの声で我にかえる。アイスコーヒーと皿が運ばれて来た。
「それではこれより90分となります、ごゆっくりどうぞ」
会釈を返し、店員さんが戻るまでは席を立たない。余裕ある感じを見せて(だから誰に)、いざショーケースへ。

はぁ~…めっちゃある。キラキラしてる。カラフル過ぎる。テンションあがる。いや待て落ち着け。ちゃんとプランを組んで来たじゃないか。お目当てのは、えーと…。!? え、何これ初めて見るんだけど!え、ホワイトチョコレートのムース!?え、めっちゃ美味しそうじゃん!食べたい!待って待ってプランを練り直さないと。食べる順番とか寿司のコースかよってレベルで考えて来たのに、やべーどーしよう…。
「お決まりですか?」
ショーケースの向こう側から店員さんがニコニコしながら声をかけてきた。や、ヤバい何か言わないと挙動不審過ぎる。
「あ、えっと…し、ショートケーキを」
「はぁい。普通のですか?ミックスフルーツの方ですか?」
「え?えと…」
え!?何!?普通ショートケーキって一種類じゃないの?
「こちら期間限定で季節のフルーツを挟んだショートケーキもご用意してます」
「あ、いや、普通のでお願いします」
「かしこまりました」

席に戻って、大きく息を吐いた。………いや、最初から想定外過ぎてパニック。視察感?出すなら限定ものの方が良かったかな…。いや、いやいやでも、最初は絶対ショートケーキって決めてたじゃないか。よし、食べるぞ。
「いただきます」
~~~~~~!美味しい!ここのケーキはクリームがめっちゃくちゃウマイと思う。軽くて香りが爽やかで、全っ然もたれない。スポンジはしっとりした生地なのに重くなくて(食べ物を絹に例えるならこのスポンジが最もふさわしいのでは)、生クリームによく合う。その優しい世界にイチゴの果汁と酸味が加わって、味にメリハリが出て、口の中はさっぱりとして終わる。お茶をはさむ必要まったくなし。これを初めて食べた時は衝撃的だった。間違いなくプロのクオリティなのに、シンプルで、家庭の味みたいな懐かしさがあって、一口で虜になった。それを家まで待たずに店ですぐ食べられるなんて…幸せだ~。
恍惚としているところに「失礼します」と店員さんの声がした。
「あ、はい」
慌てて姿勢を正す。
「こちら本日のケーキ、バナナのタルトでございます。土台にピスタチオを使用しております」
店員さんが(うやうや)しくサーブして戻って行った。

本日のケーキ。この店のイートイン限定のケーキ。なぜイートイン限定かと言うと、出されるケーキは必ず温めて出されるからだ。そしてそれにたっぷりのホイップクリームが添えられる。そう、あの俺史上最高の生クリームが!
次のケーキを取りに行く前に、温かいうちにこっちを食べることにしよう。
…美味い。口中隅々まで味が拡がる感じがするのは、温かいからなのか?その風味が消える前に生クリームを口の中に追加する。ヒヤリとしたクリームがより一層バナナの風味を強めたあと、口の中をリセットさせてくれる。うわぁ~うまい。なんかもう、とにかくうまい。焼いたバナナって、うまいんだなぁ。あと、この、タルト生地とバナナの間にいる、これ。なんだっけ…店員さんが言ってた…えーと、そう、ぴ、ピスタチオだ。なんかよくわかんないけど、これもうまい。
俺はケーキが好きだ。だけど、知識が豊富な訳でも、繊細な舌を持っている訳ではない。だから、それらを補うために、情報収集は必須だ。このタルトだって、説明を聞いてなかったら、すげー発色のいいきな粉だなとか思ってた、絶対。…味音痴ってことはないはずなんだけどな。
そんな俺の食べ方について、彼女は「頭で食べてる」と批判的だ。だけど俺は知識と情報をもってして食べないと、舌が追いつかない。だから、これが俺の一番おいしくいただく方法なのだ。まぁ、確かに彼女は前情報がなくても、風味や味わいを理解して、その美味しさを詳細に表現する。まぁ、そう、俺の彼女すごいのよ。そうゆうとこ尊敬するし、めっちゃ好き。だからこそ、俺は頭をフルに使って彼女の味覚に並びたいのだ。あーでも、今日ひとりで来たのには、誰にも何も言われず思う存分頭と舌で、つまり自分のやり方で味わいたかった、てのもあるな、うん。
忘れないうちにピスタチオの名前と味の感想をメモする。カモフラのために用意したけど、せっかくだから活用しよう。こんなの、ひとりの時じゃなきゃ出来ないし。いやひとりでもする人は普通いないだろうけど。


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