主婦×誰もいない家(前編)

文字数 2,869文字

「ただいま」
家の中は静まりかえり、玄関より先は何の気配も─空気の揺らぎさえなく、つい今しがたまで時が止まっていたように思える。

まるでここだけ年を越し忘れていたみたい

「さて…と」
新年明けまして
束の間の一人暮らしの始まりだ。
























































は。
いけない、無になってた。
あ、でも10分も経ってない。
「あ”ぁ~~~~~、立ちたくない」
ソファにお尻と背中がくっついて1ミリも動かない。今の私には、年末の繁忙感の名残と、実家・義実家での帰省疲れが重く重く重くのしかかっている。
解放感と同時に来るこれが、実は一番キツい…。休み中はギリギリまで帰省して、この疲れを残したまま日常に戻るから、休み明け最初の週末が実は疲労のピークになるのよね…。せめてこの3日は負荷を減らして、回復に努めたい…!

「とりあえず、シャワー…」
何もしたくない程疲れている時、私はお風呂でさっぱりすると気持ちが切り替わる。でも風呂掃除する程の気力はないし、それにお湯が溜まるのを待つ間に、残っている一欠片(ひとかけら)のやる気すら失いそうだから、今夜はシャワーで済ます。

「─と、その前に…」
ハルさんに帰宅したって連絡だけしとこう。多分しばらく未読だろうけど。もともとレスが早い方ではなかったけど、こどもたちがいてもそのペースが変わらないっていうのは─最初はやきもきしたけど─結局は問題なしってことなのよね。

「ふぇ~ぃ」
シャワーから出ると、もやもやしてた頭が少しスッキリした感覚。うん、ちょっとHP回復。
「まだ18時前か…」
やっぱり暗くなる前に帰って来られたのは大きい。
「さて、と」
今回の一人暮らしでは、3つほど特別ルールを決めていた。ルールに縛られないためのルールだ。矛盾してるみたいだけど、いつものルールの許容範囲を広げたり、自由度を上げるイメージ。理想と現実のギャップを小さくする、私だけのための特別ルール。

まず、ルールその1「家事はしてもよいし、しなくてもよい。また、する場合は、優先順位や段取りを考えなくてよい。」
いつもは効率重視で色々考えながら家事をするけど、今日からは自分の世話だけだから、家事はほぼしなくても困らない。し、今の気持ちはしなくていいならしたくない。…んだけど、散らかった状態を放置するのは性格上それはそれでストレス。だから、全体的に程よいか、局地的でもベストな環境は欲しい。本来私は、部屋の整え方として、端から端へ作業を進めていくローラー作戦が好き。でも、それって時間がかかるし、途中で()めづらい。だから今は、とりあえず一番気になるものだけ。
「…洗濯物、かな」
帰省前に大体の物は片付けたから、家を出る直前に干したそれらが一番目立っている。これがなければ、気分いいだろうな。
「─洗濯、か」
でも、私の中の洗濯って、①洗濯機を回す②その間に干していた分を取り込んで、畳んでしまう③新たな洗濯物を干す、で1セットなんだよね。もっと言うと、②・③合わせてテレビ1番組見てる間に終わらせる、とか、①は入浴→残り湯を使って洗濯機を回す、が理想。でも今日はシャワーの時点で前提が崩壊してるし、一連の作業をするモチベはないし。というかまた干したら景色変わらないし。
「………よし」
決めた。洗濯物を取り込むだけにしよう。手当たり次第にハンガーから外して、気持ちシワにならないようにソファの隅にまとめる。

「うん、スッキリした」
少なくともダイニングテーブルに座った時の私の視界はクリアになった。今日はこれで十分。むしろ取り込む時足元に転がってたちっちゃいおもちゃたちを片付けたんだから、やりすぎな位だわ。

「カシュッ」
土産の地ビール缶を開け、駅地下で買ったちょっといいお惣菜を広げる。皿には移さない。かえって盛りつけ崩しちゃうし。ビールだけは、色や香りを最大限楽しみたいからグラスを使った。
「いただきます」
ごくりと一口飲むと、IPAの華やかな香りが鼻を抜けた後、じわりと苦味が口に広がる。
「はぁ~~~、美味しいっ」
録画しておいた正月特別ドラマを観ながらゆるゆると食事を楽しむ。
すごい、これ観終わっても21時前だなんて。
これ程のんびりできているのは、特別ルールのおかげ。特に前回の反省を活かしたルールその2「荷解きはすぐにしなくてもよい」のね。前回は帰ってすぐスーツケースを開けたんだけど、結局みんなが帰ってからまとめてしまった方がいいやつとかもあって、中途半端に散らかっちゃったのよね…。だから今回はスーツケースは玄関に置きっぱなし。すぐ洗いたい洗濯物やお土産なんかは、それぞれまとめておっきな紙袋に一緒にして持って来た。それらは格納場所もひとつずつしかないから、あれこれ考える必要もないし、紙袋はそのまま、ポストに入ってた不要なチラシ入れにしちゃう。保留にするものがないから、散らかる隙がない。そのおかげでリビングは快適♪
「…だいぶ楽になったなぁ」
まさかこんな風に過ごせる日が来るなんて。

そもそも我々夫婦は長期休みが合わない。お正月は三が日までしか休めない私と違って、夫は休みが1日多い上に連休までの間の平日に有休を使うという(私からしてみれば)暴挙まで許される職場だ。
一昨年までは混雑のピークになる3日の夕方に帰宅して、翌日から仕事に保育園に…と休み明け初日からフルスロットルだったのだけど、去年、お兄ちゃんが小学生になったタイミングで私だけ先に義実家から帰宅してみたら、思った以上に上手くいった。
今年も彼は有休を使って連休初日まで義実家に滞在できるってことで、私だけ先に戻ることになったのだけど…。
「ピロン」
スマホが鳴った。家族で画像や動画を共有できるアプリからの通知だ。見れば義実家で楽しそうにしているこどもたちの様子が次々とアップされている。順調そう。むしろ(叱る人)がいなくてのびのびと楽しそう。ちょっとだけ『ちぇ』て思う気持ちはあるけど、心配したり気になって落ち着かない程の気持ちはない。寂しがったり寂しがられた方がいいのかなって思ったこともあったけど、その考え誰得?ってハルさんに言われてからは気にしなくなったな。うちは程よい距離感について似たもの家族なんだと思うことにしている。

ということで心置きなく一人時間を楽しみたいところだけど、明日は仕事初めだし、もうお布団で休もうかな。
食器を下げ(これは何時なんどきでも絶対)天気予報を見ながら歯を磨き、床についた。
1人きりの寝室は驚くほど静かだ。
いつも部屋に充満している寝息や衣擦れの音、体温が醸す気配がないと、これ程までに静寂で寒ざむしいのかと前回は愕然としたものだ。
ほんと、一人暮らしの時どうして気にならなかったのか不思議な位。
あるいは、こどもが生まれてから、少しの異常も逃さない様、神経過敏になってしまっていたのかもしれない。
あまりの静けさに去年はなかなか眠れなかったけれど、今夜は心地よい眠気に誘われている。目を閉じると身体の力が抜け、心身がリラックスしていくのがわかる。寝過ごす未来がチラリと頭を掠めたが、それが恐れに変わる前に眠りに落ちていった。
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