兄妹の協力

文字数 8,050文字

「お兄ちゃん?お父さんが下で縛られているの見た?」
「ああ、見たよ。何か変なこと言ったんだろ?いつも一言多いからな。」
「いや、そうじゃなくて、お父さんがフジタニに縛られているんだよ。子供として何とも思わないの?」
「そりゃ、なんとも思わないなんてないよ。でも、仕方ないよ。人をイライラさせること言うクセが父さんにはあるんだから、痛い目合うのは当然だよ。アレが無ければ少しは尊敬できる父親なんだろうけど、器が小さいんだろうな、だから溢れるんだよ。ちょっとしたどうでもいいことで何でもかんでも非難する癖が付いている。思慮に欠けるよ。物事は進めるより止めるほうが難しいんだ。いつも言ってるだろ?走らない自動車は役立たずで済むけど、止まらない自動車は役立たずのポンコツで済まない。がしゃんって事故起こしたり、人が死んだりして害になるんだ。感情の制御なんかができない人間、つまりここでは父さんなんだが、評価としては謙虚さが無い愚かな人物ってことになるんだ。ポンコツなんだ。そんな具合に欠陥があるから自分が見えてないんだ。覚えているか?昔、よく家族で出かけた時、車で狭い道離合する時、相手が少し運転が下手でもたついていると「運転が下手なら道路に出るな!おまえは邪魔だ!おまえは運転するな!死ね!くたばれ!ばーか!」なんて真っ赤になって死にかけの鶏みたいに喚いていたことがあっただろ?普段、馬鹿丁寧なくせに、相手の運転が少し下手なだけで、逆上して狂ったみたいに文句言ってただろ?つまりな、父さんは何もかも人より劣っていて、それを潜在的に気が付いているけど、意味無くプライドが高いから自分が人より劣ってないことにして、たまに運転とか分かりやすいところで自分より劣っている人を見つけたら、そこをこれでもかと節度なく激しく衝く様な無様な人間なんだ。で、いつも馬鹿丁寧にすることで、自分が劣っている事実を誤魔化しているんだ。それで、平等とか上から目線みたいなこといって、人より劣っている自分の底上げに必死なんだ。とても残念な人間なんだ。だから、かばう必要なんて無い。だいたい、娘に手を出そうとした鬼畜な父親なんだから、紗江子も厳しく当って当然だろ?おまえは馬鹿みたいに優しいところがあるからな。」
最後の兄の言葉は制御ができていない言葉だと思う。私はそれを無いものとして生活していたけど、それをあっさり兄は掘り出した。兄にはやさしさなんて無い。たまに向き合って話すと溜めてた澱みを勢いよく吐き出すみたいに本当のことを言い過ぎるのだ。だからお父さんもお母さんも兄のことを避けているし、たぶん嫌っている。頭の中ではお兄ちゃんと昔の呼び名を通しているが、それは現在の兄が嫌いだからだ。喋らない文句を言わないお兄ちゃんという小さなころに見た幻想は、こういった長めの会話をしたら、すぐに破られ、「お兄ちゃん」という原初的な私の中に存在する大きすぎる期待は白紙となる。正直言うと、私は兄を避けていた。避けることによって、理想のお兄ちゃんを頭の中に住まわせていた。私の目に入り、頭の中で再生した世界が私の世界なのだから、なるべく都合よく再生したほうがいいに決まっているけど、それが私にとっての「情報の制御」になるんだろうけど、そんな私に兄は現実を制御しないでストレートに突きつけてくる。制御できないことが欠陥であるならば、兄はポンコツの欠陥人間になる。
「その話、やめてよ。忘れたいんだから。っていうか、そういうことさえ言いたくなんだけど。いちいち、出さないでくれる!」
「真実から目をそむける奴は、いつまで経っても、子供のままだ。本当は親であろうと訴えるぐらいすればいいんだ。父さんの初恋の人の名前が紗江子って名前だって、家族団欒の場で自慢げに父さんよく言ってったよな。さすがにあのことがあった後は言わなかったけど。俺は、お前のことを気の毒に思っている。あんなことがあったから就職もしないで、結婚もしないで、現実から逃げているんじゃないのか?」
「逃げたことなんかないわよ。ただ、私は私のことを理解しているから、お兄ちゃん風にいえば、私の行動を制御しているだけ。」
「あのな、制御は立ち向かって、その力を抑えるときに使われる力のことで、立ち向かわないことじゃないんだ。わかるか?おまえのは、アース線みたいなもんだよ。ただ、力を逃がしているだけなんだ。まあ、それも必要になるけど、そんなにたいした話じゃない。」
「アース線って何?私が解らない事を言って、優位に立とうとしないでよ。私はお兄ちゃんより知らないことが多いと思うけど、私だっておにいちゃんが知らないことを知っている場合だってあるんだから。」
「そうか、でも、それは俺には必要のないことだろ?だったら、自分にとっては自分が一番物知りってことになる。これは危うい考え方だがな。まあ、いいよ。そんなこと今は本当にどうでもいい。早く帰ってきた俺の目的はこうだ。俺はおまえに頼みたいことがあったんだが、結論言うぞ、フジタニさんを追い出す。それに協力しろ。」
やっぱり兄はこの家の長男だった。難しいことを言ったり、お父さんのことを見下したりしても、やっぱり、お兄ちゃんで、家族なんだ。自分の意見しか信じない兄は、その意見の中に家族という言葉を残していた。私は兄が家族の絆なんて忘れてしまったと思っていたが、ちゃんと持っていた思いがけない当然を喜んだ。我が家はまだ見捨てられてない。
「どうした、協力しないのか?」
「するわよ、当然でしょ。お兄ちゃんがリーダーならついて行くわ。」
「ふん、調子いいな。でも、覚えておけよ。協力するということは、俺に賛同するってことだからな。俺が絶対だから、俺の言うことを聞けよ。わかったな?」
「わかったな?ってフジタニの念押しみたいだね。でもあんまり無理言わないでね。」
「無理だな。フジタニさん追い出すのは結構大変だぞ。いろいろ調べたんだが、あの人のいる大家長制会なんだが、これが厄介なんだ。理事会に連ねている面々が大物なんだ。元高級官僚もいれば、元経団連会長、元帝国陸軍士官、元日本医師団会長とか、日本を動かしていた連中がやっているんだ。」
「それ、どんな組織?」
「分からない。ただ、そのほとんどの大物たちは百歳近くで、あと六十代が二人、唯一若いのが、フジタニさんなんだ。その六十代とフジタニさんだけは前歴がない。」
「もしかして、その百歳近い大物の人たちって名前が書いてあるだけで、実際は関係ないんじゃないの?フジタニたちが勝手にやってるだけで、人名辞典かなんかで調べて勝手に名前使ってるインチキなんじゃないの?ってそれより、ずっと思ってたんだけど、なんでフジタニに対して「さん」を付けるの?敬称略でいいでしょ?」
「さん付けには理由が二つある。一つは年上だから。年上には一応さん付けは社会の常識だろ。非常識と思われる相手に対して非常識な態度で接したら、そこで負けだ。でもう一つの理由は、フジタニさんの考えに一応、賛同する部分がある。あの人はあれで、本質を分かっているし、秩序を作ろうとしている。まあ暴力支配で物事を進めているし、その封建的な秩序が正しいか正しくないかは別だけど、システムを構築しようとしていることは間違いない。俺は設計者には敬意を示す。俺もプログラム設計者だからだ。これは俺の偏っている考えかもしれないけど、この世で一番偉い事は、ルールを決めることなんだ。世の中にはルールを作る人、そのルールに従う人の二種類しかない。だったら作るほうが偉いだろ。」
「・・・それ以外にルールを破る人ってのがいるわよ。」
「俺はそんな奴、相手にしない。そいつらはただの馬鹿だ。でも、まあ文句言ってルールを自分でつくろうともしない、結局文句いながら人の作ったルールに従うしか脳が無い連中よりかは、ましかもしれない。」
「なにそれ?それってお父さんのこと言ってるの?」
「そう聞こえるってことは、そう考えているってことだろ?」
お父さんを馬鹿にする兄に対して、怒りも感じたが、同時に私も少なからずそう思っていることを指摘され、それに今更ながら気がつき、自分で掘った穴に落ちたようでもあるし、何度も簡単な間違いをする成長のない自分が恥ずかしくなって愛想を尽かしたような、真っ白な悔しさをのど元いっぱいまで感じた。思い当たりすぎて重い吐き気がする。なんで、こんな嫌な指摘を平気でする人間が血のつながった兄なのだろう?執拗につきまとう意地悪なスズメバチがこっちをにらんでブンブン言ってる。さっき巨大ムカデに脅されたのに、こんどはスズメバチだなんて!私の周りは怖い害虫だらけだ。殺虫剤があれば、スプレー缶が尽きるまであたりかまわず撒き散らし、そのもうもうとする刺激の強い白い煙に包まれて窒息したい。苛々はそうやって沈めるしかなさそうだ。
「反応がないということは、図星ってことか。まあ、そうだろうな。じゃあ、作戦会議に入るけど、この作戦は、母さんには内緒だぞ。母さんはフジタニさんに信頼を寄せているから、間違いなく告げ口する。すると反撃を受けることになる。父さんの犠牲はよしとしても、お前が犠牲になるのは嫌だ。俺はお前の兄貴だから、ちゃんと守ってやる。」
兄は当然のことのように、私のことを守るといってくれた。家族や私のことなんてなんとも思ってない冷たい人と思っていた兄だが、真剣な様子は私に真正面から伝わったし、損得勘定抜きの無条件な味方宣言は単純に嬉しかった。私は長いこと、兄のことを誤解していたのかもしれない。
「ありがとう。私もガンバル。」
「作戦でおまえの役目はフジタニさんを無防備な状態にすることだ。気が緩んだ常態で、いきなりの襲撃にもひるむような丸裸の状態。そのために紗江子には文字通り一肌脱いでもらう。」
「そうね、油断させて、丸裸の状態なら、プライド高そうなフジタニだったら怯むかもしれない。たぶんあいつは恥とか気にする人間だから、その作戦いいかもしれない。でもどうやってそんな状態にするの?」
「だから、一肌脱いでもらうっていっただろ?おまえはフジタニさんと一緒にお風呂に入れ。それでぎりぎりまで誘うんだ。女を使え。あいつは油断するだろうから、そこで俺が攻撃に出る。スタンガン一撃で片をつける。気絶したところで路上に放り投げれば、世間体もあるから二度とここに来ない。どうだ、完璧な作戦だろう。重要なのは紗江子、おまえの行動だ。大胆に行け!それにこの作戦はかかっている。」
「ちょっと、まってよ、そんなの嫌だよ。」
「じゃあ、あいつがこのまま家長として居座っていいのか?おまえは血のつながりもない家長のいるこの「家」のために尽くす「家畜」としてこれからの人生を過ごすことをよしとするのか?言ってみろ!あいつがこの家の家長でいいのか!」
兄はいつの間にかフジタニのことを「あいつ」と呼んでいた。その敵対心には、私も頼もしい思いもしたが、ただ、私に向けられる言い方は、絶対的な権力が兄にあり、それを根拠としての上から目線で、まるでフジタニから命令されているみたいだった。私はいつの間にか絶対的な被支配者みたいになっていた。これってなんなの?
「確かにフジタニ支配は嫌だけど、なんで私がそんな恥ずかしいことを命令されなきゃいけないの?」
「この家に住んでいるんだろ?家族なんだろ?だったら家族のため、自分のために何かしようと思わないのか?いつまでたっても誰かに助けてもらえるとでも思っているのか?何かを得るためには、何か犠牲にしなけりゃ無理だ。小さな子供だってそんなこと分かっているのに、おまえには分からないのか?それに俺がリーダーになるんならついて行くってさっき言っただろ?あれは嘘か?」
なんだろう、この嫌な感じは。勝手に作り上げられた常識みたいなものを無理やり押し付けて、飲み込ませようとしている。これって、なんか覚えがある。あっ、フジタニが昨日言ってた家族税だ。「家長は家族の面倒を四六時中見とるわけやから、その家族が感謝の気持ちを込めて、月々の謝礼は当然のことや。つまり家族税や、大人は一口三万や。今は働いてないもんはすぐにというのは勘弁してやるが、早めに払えよ。これは何かのための積立みたいなもんや。家長家のいる家じゃあ、みんなが従っとる常識やからな。ちゃんとやれよ。」これに対してお父さんは「積立なら付き合ってみるかな。」ってまったく楽しくなさそうな変な笑い顔で財布からお金を出していた。そのあとで私に「積立なら帰ってくるだろう。もし帰ってこなかったら俺にも考えがある。」って語気荒く取り繕っていた。お母さんは何も言わず当然のことのように払っていた。私は手持ちがないわけでも無いけど、今働いてないってことで理不尽な支払いを先延ばしすることにした。でも、お父さんとお母さんが払っているのを見て、そのうち払わないといけないって思ったのは事実だ。自分だけしないっていうのは、なんとなく、心細くなる。
「・・・わかったわよ。協力する。でも、ちゃんと助けてね。」
「当たり前だろ。あいつなんかにおまえを渡すつもり無いよ。」
兄の真剣な眼差し、本当は頼りになると心強く思えばいいんだけど、なにか生暖かい感じがして、女としての身の危険を感じた。私の思い過ごしならいいけど、兄はたまに、私に対して兄弟でないような視線を送る。私は知っている。お父さんとのことがあった後、窓の外の遠くから私がお風呂に入っているのを兄が覗いていた事実を。

作戦はすぐにも実行に移された。フジタニはすでにお風呂に入っており、私は脱衣所で最後の下着を脱ぎかかっていた。バスタオルを巻こうか悩んだけど、バスタオルが見当たらなかった。おそらく兄の仕業だった。鏡で自分の姿を見た。多少、下腹部がふくよかな感じになってはいたけど、子持ちの同世代に比べたら全然綺麗だった。まあ自己評価なので、客観的な評価とは行かないが、たぶん、悪くない線だと思う。
「誰や!」
突然風呂の戸が開いて私はびっくりして声を失った。フジタニが気配を感じて戸を開いたのだ。私は鏡の前で足を広げて、片方のつま先を伸ばし、両手を前に変なポーズを取っていて、そのまま硬直してしまった。
「なんや、紗江子か。わいが風呂おるの知っとって来たんか?」
「あの、お背中、お流しさせてもらいましょうかと思いまして」
目の前に大きな体、しかも裸。何処を見ていいか分からない。私も裸、何処を隠していいか分からない。そんな状況で、話しているうちに口がもつれて、なんだか敬語がおかしくなっているような気がしたが、作戦を遂行するために、それを言うので精一杯だった。私は一生懸命になって緊張すると、俯いて顔を赤らめる。まるで恥らう乙女のように。これが相手に誤解を与える。それでどうしようもないことに陥ることが何度もあった。いくつかの愛人のときもそうだったし、お父さんの時もそうだった。たぶんフジタニも勘違いする。
「おお?背中流すだけで済むか?ああ?女丸出しの顔しおって!よし、入れ。」
フジタニは背中を向けて座った。想像していたのより、白くて、思ったより太っているのか弛んだ背中だった。しかし、いままで見た中で一番大きな背中だった。まるで熊か何かを見ているようだった。こんな大きな体が覆いかぶさってきたら、どうやって避ければいいのだろうか?たぶんすぐに、降参することになるかもしれない。だが、不思議なことに恐怖感がまるで無かった。背中に回っているので敵意と殺意しかない顔を見なくて済むというのもあるのかもしれないが、第一に、兄がすぐさま飛び込んで助けてくれることが分かっているので、少し恥ずかしいが、これさえ通過してしまえば、もとの自由な生活がまっている。あとが見えているのなら、恐怖は少ない。第二に、フジタニがリラックスしているのか、機嫌よく、顔にも本当は殺意や敵意が無かった。むしろ、殺意や敵意の嫌なところがあったほうが、私としてはやりやすかった。苦痛や不都合は急に無くなると困るものらしい。兄に手渡された電気が通りやすくなるというローションを取り出した。座っても大きな体だったので私は立ち上がって、足の付け根を見られるのではと気にしながら、そっと腕を伸ばして、なだらかな背中に垂らしてみた。ツーっと液体は伸びて、丸い背中に落ちていった。水あめのような液体が背中に落ちると大きな背中がビクッと揺れた。
「おう、冷たいな。なに塗ったや?」
「マッサージ用のローションです。」
スポンジか何かで伸ばそうと思ったが、兄に手でしっかりと伸ばせと言われていたので、言いつけを守ることにした。指先から出なく、手の平からローションのついた背中に触る。ヒンヤリとした液体の感触の向こうに、他人の体温の温かみを感じた。真っ暗闇で犬なんかの生き物を触ったような驚きが体を走る。その感触が私の女の部分に強く訴えかけた。なんだか地に足が着いてないような、体の中が白くひっくり返るような、嫌な、しかし、快楽にもとれる刺激が沢山の害虫が沢山の足を絡めていっせいに動き出すみたいに体中を這い渡った。手の平のぬるぬるした感触、フジタニの体温、高鳴る心臓。緊張からなのか、呼吸は浅くなり「はっ、はっ、はっ」って小さく声を漏らした。感覚がおかしくなった手でサッとローションを伸ばそうとしたら、ふっと力が抜けて手が滑って、体が大きく前に傾いた。もう一方の手で背中を押そうとしたが、滑って、私はフジタニの背中に胸から飛び込んだ。私の胸の先っぽが、当ると思った瞬間に、体ごと背中に当っていった。体と体が少し冷たいローションを介して、その違う体温を共有した。違う体温が体に触れると、まどろこしい違和感を強烈に感じ、それを同化して克服しようとする欲望が生まれる。つまり引っ付いた違和感を取り除くのではなく、さらにくっつくことで差を無くそうとする。離れたい、嫌だ、しかし、この差を取り除きたい。それは極限の飢えにも似ていて、衝動的に行われる。そうこうしている内に、重力は私の体を下に向かって引っ張っていく。逆らおうにも、ヌルヌルとしたローションが摩擦抵抗を無くし、私の体を滑らせ、奈落のそこに突き落とそうとする。私の胸がひしゃげて、フジタニの背中を沿って落下していく。ローションの薄い薬品のような臭いと、フジタニの男の匂いが混ざり合って鼻腔を満たす。顔が背中に押し当てられていた。そのまま落ちれば、私の顔が背中を伝って、滑り落ち、フジタニのお尻を沿うことになる。変に白い尻が目前に迫ってくるように感じた。その後は、冷たいお風呂場の床に釣り上げられた魚のように床に打ち付けられ、放り出されてしまうだろう。ほっぺに伝わる床のヌルつき、叩きつけられる衝撃、目の前に迫るお尻を考えると、それを止めるべく、無意識に両手を伸ばした。突き出された両腕は手の機能を十分果すべく何かを掴もうとして、結果的にフジタニの首を勢いよく抱え込んだ。まるでそれは、後ろから思い切り抱きついたような格好になってしまった。胸が背中に、お腹も背中に、股の辺りは綺麗なお尻の上の方に密着した。通電を促すためのローションは、今や気持ちの良い恋人たちの潤滑油、いや、接着剤のようになろうとしていた。私は理解不能の思いがけない結果に自分でびっくりして突然「わー」っと大声を上げた。私の大きな声は、真横に来ていたフジタニの耳を心底驚かせた。
「うああああああ、おまえ、どういうつもりや!」
「ああああ、ごめんなさい。悪気は無いんです。滑ったんです。」
「いらんことしやがって!・・・まあええ。慣れんことするからや。悪気はないんやろうから、一度目は許したる。背中流し続けてもいいが、失敗するようなら止めとけよ。次は許さんからな。」
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