第18話  山登り 1 

文字数 1,499文字

その頃、融と樹はそんなとはつゆ知らず、呑気にハイキングを楽しんでいた。

少し前を伊刀と融が歩く。
樹はあっちへふらふら、こっちへふらふらしながらその後を付いて行く。
珍しい植物やキノコを見付けると写真に撮って名前を調べる。
そんな事をしているからちっとも前に進まない。

少し離れると彼等は振り返って樹を待つ。
樹が追い付くとまた歩き始める。
そしてまた離れる。

歩きながら融は頭の中で伊刀と会話をする。
融の口がほんの少し動く。
「それでどうした?」
伊刀が聞いた。
「いや、樹の事を鈍いとか言ったから、思わずむっとして・・」
「いや、普通に鈍いだろ」
・・・

融はふうと息を吐いた。
「結局、俺が情けなかったって。俺が小夜子を置いてさっさと帰れば良かったんだ。それを後ろ髪を引かれてぐずぐずしていたから。そんな事になって・・。ホント情けねえなあ。
俺、自分がつくづく嫌になった。」
「樹には嫌な思いをさせるし・・それで、蘇芳さんの事、見損なったとか言っちゃって・・」
伊刀がくすくす笑う。

「夜刀はその一部始終を見ていたんだろう。面白かっただろうなあ・・。お前、今度それやる時には、俺を呼んでくれよ」
「お前なあ・・・」
「でもまあそれ位、お前は樹が好きなんだよな。ちょっとでも離して置けないんだ。分かるぜ。俺も樹が大好きだからな。俺、小夜子の式神やめて樹のペットになろうかな。
あいつはの傍はいいよな。時間の流れが違うって言うのか、のんびりって言うのか、・・落ち着くよな。俺なんか落ち着き過ぎて眠くなるよ。
あの阿保っぽい所に癒されるよな。抜けているって言うか・・・。あれで自分はちゃんとしているって思っているからな。笑っちゃうよな。あいつ自分を分かっていないな。・・その辺りが俺やお前の庇護欲を刺激するのかも知れないな。・・・今度お前がいない時に気が済むまで樹を嘗め回してやろうと思っている」
融は噴き出す。
「それは止めて」


「融君。そこに川がある。・・素敵だね」
融と伊刀は一度通り過ぎた川まで戻る。
二人と一匹はそこで川を眺める。
「ねえ。ちょっと川遊びしてもいい?」
樹が言う。
融は首を横に振る。

「もうさ、本当だったら山頂に着いているつーの。君があっちへふらふら、こっちへふらふらしてキノコ見付けただの、これは何の花だの言っているから、まだ、川じゃん。
これじゃ、帰るのが夜になる。川は帰り。帰りです。さあ行くよ」
融は樹の手を取る。そして早足で歩き始めた。
その後ろをとことこと伊刀が行く。
「何だ。折角、伊刀君と和みながら歩いているから邪魔しちゃいけないかなって気を遣ったのにさ」

融はちょっと立ち止まる。そして伊刀の顔を見る。
「思った程、阿保でも無いか」
伊刀が呟く。
「・・・ねえ。今、誰か、阿保って言った?」
樹が融の顔を見る。
融は「いや?」と答える。
次に伊刀の顔を見る。
伊刀は楽しそうに尻尾を振った。
「空耳。空耳だよ。ほら、早く行こうって伊刀が言っているぞ」
融はそう言った。

山道を指差して融は言った。
「ここから30分位、この道を行く。ちゃんと整備してるから歩きやすけれど・・滑るから気を付けてね」
「ずっとこんな感じ?」
「そう。さあ行くよ。山頂はすごく綺麗だから・・。君にも一度見てもらいたいと思ったんだ」
「よし。分かった。さあ行こう」
「じゃあ・・伊刀が一番前で次が樹。そして最後が俺」
「滑り落ちても平気だね」
「・・平気じゃないから。俺まで落ちるから止めてくれる?」

細い山道を上がって行く。所々に岩が付き出し、樹木の固い根が地面に這っていた。
結構な上り坂である。

樹はふうふう言いながら道を歩く。
「はあ・・。水を一口」
樹がそう言った時、融の電話が鳴った。
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