第20話  青の世界 Ⅰ

文字数 1,704文字

気が付くと蘇芳は青い世界にいた。

気味の悪い神社は以前のままだった。
蘇芳は神社を見詰める。いや、神社の造りがちょっと違う。
扁額には『千根宮』。確か前回は『遠千根宮』だったはず・・・。
蘇芳は扁額を何度も見直す。

川音が聞こえる。
蘇芳は川の方に行ってみた。
川幅が随分広かった。
「何で?」
蘇芳は思う。

蘇芳は後ろに下がるとぐるぐると首を回し、手首、足首も回した。軽くジャンプもしてみる。
朝、ヨガをやって置いて良かったと思った。
目測を付けて、川を睨む。

そして走り出し、「えいやっ」と川を飛び越えた。・・・と思ったが、一歩足りなかった。
慌てて土手にしがみ付く。
片足がずるりと滑って半身がざぶんと水に浸かる。
蘇芳は必死で土手をよじ登る。
岸に上がると水の滴るスカートを絞った。
「・・やっぱり少しダイエットしなくちゃ」
そう呟きながら蘇芳は迷うことなく柵を乗り越え、黒い鳥居を通り過ぎた。

滑る石段を上る。
木々には葉が生い茂っていた。という事は春か夏かなのかと思う。
木々も厚く重なり茂る葉も何もかも青かった。
蝉の声も鳥の声も聞こえない。
聞こえるのは川の音だけだった。

蘇芳は空を見上げる。青い空気を通してみる空は白い雲さえも薄青だった。
暗い地面近くに石地蔵が並んでいる。みっしりと隙間なく。
蘇芳はそれを見る。何でこんなに沢山の地蔵があるのだろうと思う。
一体誰がこれを作って並べたのだろう。


森を抜けた所に寺があった。
藁屋根と鐘楼。
小さな山門。

寺の反対側に池があった。
池の周りはぐるりと岩壁が取り巻いていた。崖の壁面に草やシダや細い木が生い茂っていた。
岩の間から水が流れ落ちる。草の間からも。水は至る所から流れ落ちる。それがさらさらと妙なる音を奏でていた。
とても美しい場所だと思った。

池の畔に男が座っていた。
蘇芳はそこに近付いた。
誰かが草を踏む音がして、男は振り向いた。
「あなたは・・・」
蘇芳は男を見詰めた。
「?」
「・・僕を知っているの?」
「前回、あなたが黒い鳥居を潜る(くぐる)のを見たの」
「前回・・?・・いつだ?」
男は首を傾げる。

「何で濡れてるの?」
男は蘇芳を見て言った。
「川に落ちたの。気になさらないで」
蘇芳は答えた。

「君は一体誰なの?」
男が聞いた。
「・・えっと、私は・・融さんと小夜子さんの知り合いです。小夜子さんをウチの病院で預かっています。佐伯蘇芳と言います」
男は驚いた。
「そうなのか・・・じゃあ、小夜子の身体はそこにあるんだね」
「ええ」
「君が小夜子を呼んでくれていたんだ。」
「そう」
「有難う」
男は笑ってそう言った。
蘇芳は「あら・・」と思う。

「じゃあ、融もそこにいるの?」
男はそう言った。
「そうよ」
男は視線を周囲に向けた。
「君だけか?融は?」
蘇芳は口籠った。
「いや、ちょっと手違いが起きて、今回は私だけなの。・・・・ひょっとして、あなたが小夜子さんのお兄さんなのかしら?」

史有が昔、吉野の山で出会った男。
融は行方不明だと言っていたが、実は現世にいなかったという事なのだろうか。
「ああ。そうだ」
男はそう答えた。
後姿が融さんに似ていたから間違えたけれど・・・目は小夜子さん・・かなあ。
蘇芳は思う。


「それで何でここへ?」
男が言った。
蘇芳は答えた。
「小夜子さんの手を握ってちょっと愚痴っていたら、強く引っ張られて、それでここへ。・・・・誰かが『見付けた』って言ったのですけれど・・」
「『見付けた』?・・誰が?」
「さあ?私は小夜子さんだと思います」
男は暫し考える。

「・・・やばい奴とは思わなかった?」
蘇芳はドキリとする。
「はあ・・。申し訳有りませんでした。・・・あのう私は誰に見つかったのでしょうか?」
男は笑って言った。
「きっと小夜子だよ」
蘇芳は狐に摘ままれた様な顔をする。
何?・・そのなぞなぞ問答。

「小夜子さんならいいじゃないですか。寧ろ早く目覚めるかも知れない」
蘇芳は言った。
「そんな簡単な話じゃない」
男が返した。


「小夜子だけれど彼女は今、別のモノに乗っ取られている様な状態なのだ。このまま帰ったら、小夜子を乗っ取っている奴、それが憑依したまま向こうに帰ってしまう事になる」
男は言った。
「憑依?・・・何が?」
蘇芳は聞いた。
「鬼だよ」
彼は答えた。
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