第24話  山登りⅣ

文字数 1,008文字

樹は橋に寄り掛かって川を眺めた。

「伊刀君。ほんの少し。ほんの数分間。川に入ってもいいかな?ちょっと足を濡らしてみるだけ。だって山登りも出来なかったし、この様子じゃ一日小夜子さんで終わっちゃうだろうから。お願い。ほんの少し」
伊刀は道の先を眺めて、樹の顔を眺めた。そしてそこに大人しく座った。

「有り難う。ちょっとだけ行って来るよ」
樹は橋から川に降りる道を辿る。
伊刀はとことこと付いて行く。

この川の水は生まれたての水だと思った。
深い山の中で生まれる清らかな水。

水は元気に水飛沫を上げて流れる。
川岸の叢に靴と靴下を置くと、デニムの裾をまくって、水に足を浸した。
「冷たーい」
伊刀に笑い掛ける。
伊刀も足を浸す。しばらくじっと水の冷たさを感じる。

「昔、よくおばあちゃんが夏になると川遊びに連れて行ってくれて・・・。面白かったなあ。私、川が好きなの。川を見ると入りたくなる。・・・でも流石にこの水は冷たい」
樹は両手を青空に向けて伸びをした。
川中の岩に座って川音を聴く。

幼い頃、祖母と歩いた川岸。
小さな自分の手を引きながら歩いた。
お母さんが居なくて寂しかった。悲しかった。
他の子にはお母さんがいるのに自分にはいない。
「お母さんは何処へ行ったの?」
そうやって泣く自分の手を引いて歩いた。
「嫌な事や辛い事は全部川に流しちゃうんだよ」
川を眺めながら祖母はそう言った。

蘇芳さんの言葉もこの川に流してしまえばいい。
「はい。さようなら」
もう行った。


「さて、もう十分」
樹は川から出ようとした。
と、靴を取ろうとして、何か黒い物が叢に・・それがずるりと動いた。
「うわっ!」
樹は慌てて手を引っ込めた。
伊刀が飛んで来る。
蛇だ。
それが鎌首をもたげた。
樹は慌てて逃げて石に滑った。
浅瀬で横倒しになる。
伊刀は蛇を追い払う。
それはするすると地を這って消えて行った。



樹は半身を起こして叢を見詰める。
立ち上がろうとして、足が痛いのに気が付いた。
痛む足に負担を掛けない様に立ち上がる。
靴を急いで拾い上げると、片足を引き摺って橋まで戻る。

橋の上で濡れたデニムで座り込む。
水に浸かった方はシャツまで濡れている。
身体が冷える。
足がじんじん痛む。これは困ったと思った。
痛くて靴が履けない。靴下を履いて、そこで途方に暮れる。
「靴下で帰ろう。・・誰かが迎えに来てくれると言っていたから、それまで待とうか・・・。御免ね。伊刀君。私のせいで・・・」
樹は座ったまま情け無さそうにそう言った









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