梨
文字数 1,915文字
創作日記 梨
8月も終わりになると幸水がではじめる。
秋を告げる果物の3本の指に入る果実、梨のトップバッターだ。
「幸水がもう出ている」
8月終わりといっても猛暑は続いていたわけで、キンキンに冷やした水分たっぷりの甘くてシャキシャキの幸水は喉に対する溢れ出す泉。
ひとカゴに4〜5個で500円前後か。
でも食べる。1日1個を4〜5日で食べる。
幸水、迷わず購入である。
梨は(個人的感想で)幸水が好物なので、幸水の販売期間である9月上旬が終われば私の梨の季節は終了する(個人的に)。
あとは豊水、20世紀、長十郎。
私のミジンコ程度の脳細胞が記憶する梨のすべてはそれなので、幸水が終われば梨売り場に用はなかった。
はずなのに……。
「秋月って、なに?」
スーパーの一角。
幸水一筋である私の足を止める梨が現れるとは。
「いつ? いつからいた? 何者なの?」
しかも、他の梨よりふたまわりほど大きい。
野球とソフトボールくらい違う。
「なんと、赤みがかっている」
照れているのだろうか。秋月、図体のわりにシャイなあんちくしょうなのか。
「これは、シャリシャリなんだろうか。もっそりなんだろうか」
梨の歯ごたえには二種類あると思っている(個人的感想)。
私はシャリシャリ派なのだが、秋月君。君はどっちなんだい?
さらに聞きたい。君は優しさ溢れる甘い果実なのかい? それともさっぱりしたこだわりのない爽やか果実なのかい?
「購買意欲発動」
私は幸水以外の梨に手を伸ばそうとしている。
人はそれを浮気と呼ぶのかもしれない。しれないのだけど、従来の梨とは明らかに違うビジュアル(特に巨大梨という点において)が、独身一人暮らし女性の、すっかり忘れていた甘くてみずみずしいなにかを掘り起こしてくれたのだ。
しかし、手は止まる。
「ひと玉、168円……高っ!」
高値の君だった。
しかも168円は形があまりよろしくないもので、丸くて色づきもよくまんまるなのは2個入りで398円であった。
「特選2個入り398円」
2個の梨に398円。牛丼と肩を並べる金額ではないか。
毎月ギリギリの収入でパツンパツンの生活を送る低所得者にとって、果物2個に398円というのは、かなりの贅沢だ。
「でも、秋月君が微笑みかけているわけだし」
そんな気がする水分蒸発独身女。
そんなとき、気づく。
お得なザル盛りに。
「4個498円。168円の秋月君が4つ子状態で498円。バラで手にしたら168×4=672円。4個まとめてのほうが安い。やるわね、ザル盛り」
道が開けた。
きみに決めた!
右手をのばし、ザルを持ち上げようと……。
「ハウエバ!」
わけのわからない雄叫びをあげてスーパーでのたうちまわる、いい年した女がひとり。
「手首が! 手首がーっ!」
こいつは一筋縄では落とせない。なんてどっしりとした重量をもって襲いかかってくるのか。
ザルをカゴに入れることも叶わず。
「重いよ、コンチクショウ!」
4兄弟をカゴに入れたらほかのものが買えない。
「仕方ない。1個にしておくか……」
いや、待て。
そもそも、果物を一個で買う習慣がない。りんごもみかんもキウイも。
「1個買い、したくない」
それなら形のいいやつ2個で398円。丁寧にトレイに乗せられてラップに包まれている箱入り息子。キュンキュンの要素100%。
「牛丼と値段一緒……」
せめて3個入りならよかったのに。
いや、でも、3個持てるのか? 4個は無理だった。3個はどうなんだ? そもそも、なんで梨業界は梨を巨大化することに心血を注いだ? いままでの大きさでいいじゃない? なにが物足りなかったんだ?
重くてまとめ買いができない。非力な消費者はどうしたらいい?
果物売り場に佇むこと3分経過。
どうすれば、買う側(私)も買われる側(巨大梨)も幸せになれるのか。
「……もう少ししたら、安くなるかもしれない、サイズもどうにかなるかもしれない」
それを人は現実逃避と呼ぶんじゃなかろうか。値段はともかく、この品種が小さくなったら「こんなの、秋月君じゃない!」と涙を浮かべて走り去るレベルだ。つまり、シーズン終わるまで値段もサイズも、安定供給だろう。
「……よし。梨だけを買いに行くつもりで買い物に行くときに買おう」
ということなので、いまだに秋月は私の口に入っていない。
食べれる日が訪れるまで秋が続いてくれていることを祈るばかりだ。
※次回、柿と葡萄が巨大化を図る。
8月も終わりになると幸水がではじめる。
秋を告げる果物の3本の指に入る果実、梨のトップバッターだ。
「幸水がもう出ている」
8月終わりといっても猛暑は続いていたわけで、キンキンに冷やした水分たっぷりの甘くてシャキシャキの幸水は喉に対する溢れ出す泉。
ひとカゴに4〜5個で500円前後か。
でも食べる。1日1個を4〜5日で食べる。
幸水、迷わず購入である。
梨は(個人的感想で)幸水が好物なので、幸水の販売期間である9月上旬が終われば私の梨の季節は終了する(個人的に)。
あとは豊水、20世紀、長十郎。
私のミジンコ程度の脳細胞が記憶する梨のすべてはそれなので、幸水が終われば梨売り場に用はなかった。
はずなのに……。
「秋月って、なに?」
スーパーの一角。
幸水一筋である私の足を止める梨が現れるとは。
「いつ? いつからいた? 何者なの?」
しかも、他の梨よりふたまわりほど大きい。
野球とソフトボールくらい違う。
「なんと、赤みがかっている」
照れているのだろうか。秋月、図体のわりにシャイなあんちくしょうなのか。
「これは、シャリシャリなんだろうか。もっそりなんだろうか」
梨の歯ごたえには二種類あると思っている(個人的感想)。
私はシャリシャリ派なのだが、秋月君。君はどっちなんだい?
さらに聞きたい。君は優しさ溢れる甘い果実なのかい? それともさっぱりしたこだわりのない爽やか果実なのかい?
「購買意欲発動」
私は幸水以外の梨に手を伸ばそうとしている。
人はそれを浮気と呼ぶのかもしれない。しれないのだけど、従来の梨とは明らかに違うビジュアル(特に巨大梨という点において)が、独身一人暮らし女性の、すっかり忘れていた甘くてみずみずしいなにかを掘り起こしてくれたのだ。
しかし、手は止まる。
「ひと玉、168円……高っ!」
高値の君だった。
しかも168円は形があまりよろしくないもので、丸くて色づきもよくまんまるなのは2個入りで398円であった。
「特選2個入り398円」
2個の梨に398円。牛丼と肩を並べる金額ではないか。
毎月ギリギリの収入でパツンパツンの生活を送る低所得者にとって、果物2個に398円というのは、かなりの贅沢だ。
「でも、秋月君が微笑みかけているわけだし」
そんな気がする水分蒸発独身女。
そんなとき、気づく。
お得なザル盛りに。
「4個498円。168円の秋月君が4つ子状態で498円。バラで手にしたら168×4=672円。4個まとめてのほうが安い。やるわね、ザル盛り」
道が開けた。
きみに決めた!
右手をのばし、ザルを持ち上げようと……。
「ハウエバ!」
わけのわからない雄叫びをあげてスーパーでのたうちまわる、いい年した女がひとり。
「手首が! 手首がーっ!」
こいつは一筋縄では落とせない。なんてどっしりとした重量をもって襲いかかってくるのか。
ザルをカゴに入れることも叶わず。
「重いよ、コンチクショウ!」
4兄弟をカゴに入れたらほかのものが買えない。
「仕方ない。1個にしておくか……」
いや、待て。
そもそも、果物を一個で買う習慣がない。りんごもみかんもキウイも。
「1個買い、したくない」
それなら形のいいやつ2個で398円。丁寧にトレイに乗せられてラップに包まれている箱入り息子。キュンキュンの要素100%。
「牛丼と値段一緒……」
せめて3個入りならよかったのに。
いや、でも、3個持てるのか? 4個は無理だった。3個はどうなんだ? そもそも、なんで梨業界は梨を巨大化することに心血を注いだ? いままでの大きさでいいじゃない? なにが物足りなかったんだ?
重くてまとめ買いができない。非力な消費者はどうしたらいい?
果物売り場に佇むこと3分経過。
どうすれば、買う側(私)も買われる側(巨大梨)も幸せになれるのか。
「……もう少ししたら、安くなるかもしれない、サイズもどうにかなるかもしれない」
それを人は現実逃避と呼ぶんじゃなかろうか。値段はともかく、この品種が小さくなったら「こんなの、秋月君じゃない!」と涙を浮かべて走り去るレベルだ。つまり、シーズン終わるまで値段もサイズも、安定供給だろう。
「……よし。梨だけを買いに行くつもりで買い物に行くときに買おう」
ということなので、いまだに秋月は私の口に入っていない。
食べれる日が訪れるまで秋が続いてくれていることを祈るばかりだ。
※次回、柿と葡萄が巨大化を図る。