髪型

文字数 1,447文字

創作日記 髪型

 いま、私はしめじです。

 23区の片隅で、しおれかけのちいさなしめじが胞子を飛ばしていると思ってください。それがいまの私です。

 巷では、転生漫画や転生ラノベが流行中。さえない日常から異世界でめっちゃ納得のいくキャラになれるなら大変ハッピーだ。

 だが。
 こんな筈ではなかった。
 美容室で転生したらしめじになった。

「どうですか?」
 ドヤ顔の美容師さんに向かって「このヤロウ! なんじゃこりゃーっ! どうしてくれんだよ!」
 と言えるわけがなく。
 ひきつった笑いを浮かべて「はい、これでいいです」としか言えない気弱な消費者。
 ここで暴れまくったところで、しめじになった髪の毛は最低3ヶ月経たないと修繕不可能なのだ。

 たいていの人は、諦めるしかないと思っているんじゃないかと思う。
 そのかわり、この美容室にはもう行かない。なにせ、美容室と歯医者は唸るほど存在しているのだから。

 それにしてもしめじである。
 明日、会社に行ったら短くなったとは言われるだろう。
 ただ、可愛いとか、似合っているとか。そう言われるための努力は無駄に終わったことを思い知る。
 だいぶ短くなったね。しか言われない虚しさ。その先が言えない友人、知人の心情。
 母親に至っては「なにアンタ、その頭。へったくそな美容師ね(笑)。お母さんが行ってるとこ紹介するわよ。若い子だけどとても似合う髪にしてくれるから」と延々自分の選ぶ店がいかに素晴らしいかを語り、押し付けてきて、さらに娘の選ぶ目のなさを罵倒するだろう。

 冗談ではない。だれが、オカンと同じ美容室に通いたいと思うか。
 美容師に「あらーっ。娘さんなんですか。あらーっ、細くてさらさらで素敵な髪質、えーっ、染めてないんですか? 白髪がない? お若いですねーっ。ご主人は……あっ、大変申しわけありませんでした」って運びになって、そういう会話になったことが、老人の域に入ったオカンに筒抜けになるのだ。
「絶対にゴメンだ」
 その店が希望通りのショートカットを生み出すことができるとしても、オカンに、行き遅れ独身一人暮らし非正規雇用の派遣社員のあれやこれやが筒抜けになるのは、しめじにされた髪を元に戻すといわれてもゴメンである。

 あぁ。取り乱した。

 それくらい、美容師との意思疎通がうまくいかなかったガッカリさは陰鬱になるということだ。

 そもそも、なんでだろう。
 ヘアカタログの写真を見せて「これにしてくださいね」とハッキリ言った。
 それに対して美容師は「後ろは刈り上げますか?」と聞いたが、どう見たって写真のモデル、刈り上げてなどいないだろう。
「こうしてください。これがいいんです」
 って、言ったよな。私……。
 サッパリはしたよ。結構てっぺんからすいてもらったよ。
 なのにどうしてこうなった?

 どうすれば、私の希望するスタイルにカットしてもらえる。
 あまりお金はかけたくないのだが、もう限界かもしれない。本当に、私に似合うヘアスタイルを生み出してくれる美容師がいるなら。8000円までなら金は惜しまない。私を大人カッコイイ人間の女性に転生させて欲しい。

 夏が終わり。きのこの季節が始まろうとしている。
 時代を先取りするしめじ。
 実は私。しめじの国のプリンセスだったの。

 明日、会社に行くの気が重い。


※次回、仕事中の睡魔の原因が明らかに。パトラッ*ュが見えたらアウトと思え。
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