雨の金沢

文字数 1,958文字

 2週目の舞台は金沢だった。空は雨模様で、細かい雨が金沢駅の大きなガラス建築のドームに降り注いでいた。私たち『恋ステ』メンバーが集合したそのドームの中では七夕まつりのイベントが行われていた。ドームの広場には6本の大きな笹飾りが用意されていて道行く人が足を止めて短冊に願い事を書いて笹に括り付けていた。私たちは、その日の白いチケットを提出すると次の目的地に移動した。私の白いチケットは残り1枚になった。
 
 私たちは「ひがし茶屋街」に移動し、そこのレンタル着物屋さんで浴衣に着替えた。沢山のおしゃれな浴衣から一つ選ぶことが出来るようになっていた。私は赤地に白と水色の斑点模様の浴衣に着替えた。翔くんは、渋い茶色地の浴衣に着替えていたが予想通り和装が決まって似合っていた。
 雨は相変わらず降り続いていたので、私たちは和傘もレンタルすることになった。その時、美和ちゃんが翔くんをに声をかけた。
「ねえ、翔くん一緒に相合傘せえへん?」
「うん、いいよ。」
そう言って翔くんと美和ちゃんは一本の傘を持って歩いて行ってしまった。
 美和ちゃんの佇まいは美しかった。京都出身の美和ちゃんは背も高くて首筋も長かった。ツヤのある黒髪が美和ちゃんの選んだ紫地に黄色の細かい花柄の浴衣と実に見事にマッチしていた。相合傘を差した翔くんと美和ちゃんの後ろ姿は洗練されていて、そのままこの街のポスターにしてもいいくらいに古都金沢に溶け込んでいた。
 私は、沖縄出身の啓太くんに誘われて一緒に街を散策した。金箔工芸品のお店やおしゃれな和スイーツのお店などが立ち並んでいて見てて飽きなかった。しかし、次第に雨の勢いが強くなって大雨になった。
 一本の和傘だけでは心許なくなった啓太くんと私は雨宿りが出来そうな建物を探した。ちょうど2軒奥の建物が無料休憩館となっていて私たちはそこに入ることにした。その建物内ではちょうど七夕のイベントがやっており、短冊に願い事を書いて提出すると翌日に大きな笹に吊るしてくれるとのことだった。
「あ、翔と美和ちゃんがいる!」
啓太くんが先に来ていた2人を発見した。2人は短冊に何か願い事を書いていて私たちには気づいてないようだった。2人が仲良くしているのを私は見たくはなかった。でも、逆にチャンスだと思って翔くんに声をかけようと近づいた。その時、翔くんの短冊に書いてある文字がちらっと目に入ってしまった。
「美和ちゃんともっと仲良くなれますように!」
私は頭がクラついた。私と翔くんは短い間だったけど、心が通じ合っていたはずだった。こういう時私は冷静でいられない。私は、翔くんに声をかけるのをやめ、建物の出口に向かった。啓太くんが心配そうにこっちを見ているのに目もくれなかった。私は、大雨の道路に飛び出した。傘を持たずに飛び出したので雨に濡れた浴衣がぐっしゃりと重い。私は雨の中一人で走ってレンタル着物屋さんに戻った。
「ごめんなさい、わたし、こんなに着物濡らしちゃって。」
「あらま、どうしたの?風邪引く前に着替えるまっし。」
お店の人はびしょびしょになった着物のことよりも私の身体が冷えないか心配してくれた。その優しさがきっかけになって私は涙が止まらなくなってしまった。みんながお店に戻ってくる前に先にホテルに帰った。その日の晩は結局一睡も出来なかった。 

 前日に引き続いて金沢は雨が降り続いていた。そして、この日が私にとって『恋ステ』最終日だった。でも、最後の1枚の白いチケットだけを投函して、赤いチケットは投函しなかった。昨日のこともあってどうしても告白する気にはなれなかったのだ。
 この日、私たちは金沢21世紀美術館に行った。白い円形の美術館の中には遊び心のある展示がたくさんあった。
「クレアちゃん、2ショットいい?」
「うん、いいよ。」
翔くんはすぐに誘ってくれた。でも、私は昨日の短冊のことが引っかかっていて、いつものように単純に喜ぶことは出来なかった。
「実は昨日、翔くんが書いた短冊見ちゃったんだよね。」
私は勇気を出してその話題に触れることにした。
「うん、それを昨日啓太から聞いた。きっとクレアちゃんは勘違いしちゃってるから。その説明をしたくて。」
そう翔くんが言うのを聞きながら私は自分の意識が遠のくのを感じた。
「実はさ、」
翔くんが話し始めた時、私はその場に倒れこんでしまったらしい。
 次に目を覚ました時、私は病院にいた。貧血で倒れたらしかった。『恋ステ』のみんなに合流したいと思ったが昨日の睡眠不足が祟ってそのまま眠ってしまった。私は、そのままみんなとお別れの言葉を交わすことも出来ず2週間の『恋ステ』の旅を抜けることになってしまった。金沢の雨はしばらく止む気配がなかった。
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