冒険の横浜

文字数 1,373文字

 横浜は、翔くんが住んでいる街だ。私は、『恋ステ』の1週目と2週目の間の金曜日に横浜にいる翔くんにビデオ通話をかけた。『恋ステ』期間中は1人1回まで気になっている人にビデオ通話をかけることができる。
「翔くん、久しぶり!元気にしてる?」
「久しぶり!元気にしてるよ。クレアちゃんは?」
「元気だよ。今週は何してたの?」
「学校行きつつカフェのバイトにもちょっと顔出してたんよ。」
「カフェでバイトってかっこいいなー!それどんなお店なん?」
「みなとみらいの海の見えるカフェでバイトしてる。いつもは週末に出てるんだけど、今は『恋ステ』があるからさ。代わりに平日の夕方も出させてもらってるんだよね。」
 ビデオ通話で話しながら、翔くんがカウンターに立って接客しているところを勝手に妄想して一人ドキドキしていた。カフェのお客さんのピークが過ぎて余裕が出来た時、カウンターの背の高い椅子に腰掛けた翔くんは頬杖をつきながら横目で海の方を見つめる。太陽の日差しが海面で反射してキラキラと眩しい。翔くんはいつも何を考えているのだろう。私は初めて翔くんに出会った時、その優しそうな笑顔に惹かれていた。でもいつしか翔くんが遠くを見つめて何かを考えている横顔にも魅せられていた。ちゃんと自分の将来のこととか周りの人への気遣いとかを考えているだろうなあと思って、そんな翔くんを尊敬していた。
「いつかさ、自分でメニューも考えてインテリアとかもこだわって自分のカフェを開きたいんだよね。たくさん人が集まるようなカフェを。まだアイディアは固まってないんだけどさ。」
ビデオ通話の最後にそう言っていた。

 『恋ステ』メンバー同士の連絡先の交換は告白が成立しない限り出来ない。だから、私は翔くんが横浜のどこにいるのか知らなかった。そのせいで、横浜についた私はまず翔くんを探すことから始めなければいけなかった。私が持っている手がかりは一つ「みなとみらいの海の見えるカフェ」しかない。広島にいる時には、横浜に行けば翔くんの働いているカフェを見つけられるという根拠のない自信があった。でも、いざ横浜に着くと全くそれは無謀な挑戦だったことに気づいた。
「こんなにたくさんあるのかー。」
私はスマホの地図アプリでみなとみらいの海沿いにあるカフェ、コーヒーショップを検索してその数の多さに愕然とする。
 午前9時頃にカフェ探索を開始したが、いつの間にかお昼を回っていた。午前中に巡ったカフェは全てハズレだった。お腹が空いたので私はカフェでハムとチーズのサンドとチャイティーを買って席で食べた。もしここで翔くんが現れたらドラマチックだなと思っていたが結局現れなかった。それで結局、午後も探索を続けなければならなかった。時間だけが刻々と過ぎていった。
 夕方近くになり、次の目的地のカフェに向かう途中、空が急に暗くなって強い雨が降り始めた。私は雨宿りのためにちょうど近くにあった赤レンガ倉庫に入って雨が止むのを待つことにした。一度立ち止まると、疲れがどっと押し寄せて来た。足は棒になっており、足の裏の感覚は無くなっていた。ここまで辛い思いをして結局翔くんに会えないまま広島に帰ることになりそうなのが辛くて悔しかった。赤レンガ倉庫の中にいても雨音は聞こえていた。『恋ステ』の2週目も雨だった。
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