プロローグ

文字数 765文字

 「クレアちゃんのこと大好きだよ。」
(しょう)くんに後ろからぎゅっと抱きしめられたまま耳元で囁かれた。夏の夕陽があたりを赤く染め、大桟橋から見えるみなとみらいのビル群はその影になって黒いシルエットを作っていた。
「私も翔くんのことが大好き。」
そう言いながら、私の胸の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる。
「こっち向いて。」
そう言って、翔くんがクルッと私の姿勢を変えさせたので、私たちは向かい合った。
 翔くんのモデルのようなすらりと伸びた手足は、今にもファッションショーのランウェイを歩き出しそうな勢いがあった。男の子にしては少し長めにカットされている黒髪は潮風に吹かれ中性的な色気を醸し出していた。優しい笑顔で私を見つめる翔くんは相変わらずの甘いマスクがだった。
「どこを見ればいいの。」
私は恥ずかしくて翔くんを直視出来なくなっていた。
「大丈夫、目を閉じて。」
翔くんの視線が私の口元に移ったのを感じる。言われた通りに私は目を閉じる。キスされる、私はそう思った。夏の終わりの夕暮れはまだ暑さが残っていた。

 今度は肩を叩かれた。
「あの、山川クレアさんですよね、横浜駅に着きましたよ。」
声の主は、翔くんでは無かった。私はゆっくりと目を開ける。
「女子高生一人で夜行バスだなんて心配じゃけん気にしとったんです。次は東京駅に行っちゃいますから早う降りなさいね。」
肩を叩いていたのはバスの運転手さんだった。私は夢を見ていたみたいだ。背中にじっとりと汗が吹き出していた。
「ごめんなさい!!やっぱり寝ちゃってた。起こしてくれてありがとうございます。」
私は、慌てて荷物をまとめると横浜駅のバスターミナルに降り立った。朝8時過ぎの横浜は人も疎らだった。昨晩、広島駅発の夜行バスに乗り込んだのが遠い昔のように感じた。
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