第8話
文字数 2,501文字
「――そうだった。今日中に編集部に電話しなければ」
マリオが「少し席を外します」と言いロビーの電話機へ向かう。
それでアルシャさんの話は中断される。
ロビーには有料の緑色のダイアル式の電話機がある。
どうやら、おそらくマリオが編集部へ送ったであろう「原稿について」のやり取りを電話越しにしているようで「原稿のどこをどう直すのか」というような「マリオの説明の言葉」が受付に居ても聞こえた。俺とアルシャさんはマリオが戻ってくることを待っているが、少しの沈黙があった。
アルシャさんと話すべきなのか?
〈だけど彼女と一体何を話したものか?〉
そう考えて一つ聞きたいことがあったことを思い出した。
「アルシャさん。アルシャさんは「サマリ」のことを知っていますよね? 彼女は「このホテルの支配人よ」と言っていたんですが本当なんですか? それともサマリが俺をからかって遊んでいるんでしょうか?」
アルシャさんはニコッと笑った。
ただ、それがどこか「作り物の笑顔」のように感じ取れた。
「ええ。サマリ様はこのホテルの支配人ですよ」
もう一つ聞きたいことは「血縁なのか」ということだった。
「アルシャさんはサマリと親戚の関係だったりしますか?」
「いいえ。支配人と部下の関係性です。私は色々な事情があってサマリ様に逆らえないんです。あまりこの話はしたくないのでもういいですか?」
「あ、ああ。変なことを聞いたみたいだ」
チャレンジは失敗だったようだ。余計なことを聞いてしまったかな。そうしていると電話を終えたマリオが受付に戻ってきた。
「お待たせしました。さあ、続きを聞いていきますよ!」
「いいのですが、次は何を話せばいいのでしょうか?」
マリオは「次はそうですね」と考えてから聞く。
「では、別の神話をお願いします」
アルシャさんがさっきとは別の話を語っていく。
〈〈 はるか昔の英雄「ガーナム」の話です。
彼は、戦での武勇、功績によって「神々の住む宮殿」へと入ることを赦された。
そこは、天上の世界であり「閉ざされた扉の向こう側」通常、人の魂がゆく世界ではない世界。英雄ガーナムはその活躍によってそこに入ることを赦された。英雄ガーナムは夢の中でに72の扉のうち「どれか一つ」を開けることを神々に赦される。
彼が72の扉の中から「太陽の紋章」のある扉を開くと、その先には「太陽の女神」が居た。太陽の女神は、金の装飾品を僅かに身に着けているだけの、美しき裸体。その美しさに、英雄ガーナムは「女神に触れたい」と手を伸ばした。
その時、太陽の女神は彼に伝えます。
「この体は灼熱であり触れれば、あなたの魂を焼き払うでしょう。するとあなたは魂は魂ごと燃え尽きて、輪廻から消え失せます。同時に関わった人々の魂まで輪廻から外れてしまいます。良いサムサラ、輪廻の中に居たいというのなら、私に決して触れてはいけません」という警告を伝えた。
ですが、英雄ガーナムは己の欲望を抑えきれなかった。
太陽の女神のその裸体。その美しき体に触れたい、と。
――太陽を抱きしめた英雄ガーナムは、翌日、自身の宮殿のプールで焼き尽くされた姿で浮かんで亡くなっていた〉〉
マリオはペンで手帳に書き込んでいく。
今までの話を書き込まれたようで次を聞いていく。
「――その後の話はありますか?」
アルシャさんは「あります」と言って話を続ける。
〈〈 太陽の女神は、英雄ガーナムと、その家族は永久に消えぬ魂の呪いをかけました。太陽の女神は、汚れた人間の手で己に触れられたことに怒り、英雄ガーナムの娘「サマリ」に「太陽の光を浴びると灰となる呪い」をかけたのです。太陽に触れた英雄ガーナムの影響でサマリは永遠に近い命を得ましたが、太陽の光の下に出られなくなります。
可哀想に感じた「月の女神」が、サマリに伝えました。
――あなたは夜の中で静かに暮らしなさい。
――太陽を見ることは叶わずとも、月の明かりを。と〉〉
俺は思わず呟く。
「サマリ……?」
マリオは俺の呟きに気付いていないようだった。
「ふーむ。太陽の光を浴びたら灰になるか。ここは「ヴァンパイア」と書いておくか。英語圏なら細かい説明抜きにそう言ったほうが分かりやすい」
俺の中で、点と点が繋がって線になったような感覚がした。
〈それがサマリなのか? 彼女が自らをヴァンパイアって名乗った理由は、英語圏の人々が「ヴァンパイア」と言うからなのか?〉
だけど、その神話が現実のものとは思えなかった。
未だに「疑いが半分」という気持ちが残っている。
悪霊や、心霊ホテルというものは、言ってしまえば「よくある話」だったが、神話の存在だ、と言われるとまだ信じきれない。何か、それを信じるには「証拠を見ないことには」心で信じることが出来ないだろうと感じていた。
マリオは「では、今日はこのあたりで」と言った。
「後日、また話を聞かせてもらえれば」
「ええ。他のお客さんが居ない時なら」
アルシャさんも「話すこと自体は嫌ではない」ようだった。
マリオも流石に一日中話を聞いていることは出来ないようで「この後、僕は少し調べものに行きます」と言う。俺も一旦ここで引き上げる。
俺とマリオはホテルを出て「外で立ち話」をすることになる。
昼間の世界。太陽の下、今日は空が特に青かった。
「でも、マリオもよくこういう話を熱心に聞きますね? 俺のイメージではこういう神話はマリオの好みじゃないかと思ってました」
「――これはインド神話じゃないんですよ」
「え?」と驚いた俺にマリオが言った。
「だから気になって聞いているんです。インドの人々はインドの神話をよく話しますが、他の神話には全くの不寛容だ。なのに、彼女は全く聞いたことのない神話を話している。そこに「何」があるのか、ないのか。僕は見極めたい」
マリオは「では今日はこれで」とどこかへ歩いていく。
俺は煙草を一本吸いながら「それこそ、実は全くの嘘の話なのかも……」と、呟いていた。見上げる空は青く、遠くで人々の声が聞こえている。その「現実」を感じると「本当かどうか分からない神話」を昼間に信じられない自分が居た。
マリオが「少し席を外します」と言いロビーの電話機へ向かう。
それでアルシャさんの話は中断される。
ロビーには有料の緑色のダイアル式の電話機がある。
どうやら、おそらくマリオが編集部へ送ったであろう「原稿について」のやり取りを電話越しにしているようで「原稿のどこをどう直すのか」というような「マリオの説明の言葉」が受付に居ても聞こえた。俺とアルシャさんはマリオが戻ってくることを待っているが、少しの沈黙があった。
アルシャさんと話すべきなのか?
〈だけど彼女と一体何を話したものか?〉
そう考えて一つ聞きたいことがあったことを思い出した。
「アルシャさん。アルシャさんは「サマリ」のことを知っていますよね? 彼女は「このホテルの支配人よ」と言っていたんですが本当なんですか? それともサマリが俺をからかって遊んでいるんでしょうか?」
アルシャさんはニコッと笑った。
ただ、それがどこか「作り物の笑顔」のように感じ取れた。
「ええ。サマリ様はこのホテルの支配人ですよ」
もう一つ聞きたいことは「血縁なのか」ということだった。
「アルシャさんはサマリと親戚の関係だったりしますか?」
「いいえ。支配人と部下の関係性です。私は色々な事情があってサマリ様に逆らえないんです。あまりこの話はしたくないのでもういいですか?」
「あ、ああ。変なことを聞いたみたいだ」
チャレンジは失敗だったようだ。余計なことを聞いてしまったかな。そうしていると電話を終えたマリオが受付に戻ってきた。
「お待たせしました。さあ、続きを聞いていきますよ!」
「いいのですが、次は何を話せばいいのでしょうか?」
マリオは「次はそうですね」と考えてから聞く。
「では、別の神話をお願いします」
アルシャさんがさっきとは別の話を語っていく。
〈〈 はるか昔の英雄「ガーナム」の話です。
彼は、戦での武勇、功績によって「神々の住む宮殿」へと入ることを赦された。
そこは、天上の世界であり「閉ざされた扉の向こう側」通常、人の魂がゆく世界ではない世界。英雄ガーナムはその活躍によってそこに入ることを赦された。英雄ガーナムは夢の中でに72の扉のうち「どれか一つ」を開けることを神々に赦される。
彼が72の扉の中から「太陽の紋章」のある扉を開くと、その先には「太陽の女神」が居た。太陽の女神は、金の装飾品を僅かに身に着けているだけの、美しき裸体。その美しさに、英雄ガーナムは「女神に触れたい」と手を伸ばした。
その時、太陽の女神は彼に伝えます。
「この体は灼熱であり触れれば、あなたの魂を焼き払うでしょう。するとあなたは魂は魂ごと燃え尽きて、輪廻から消え失せます。同時に関わった人々の魂まで輪廻から外れてしまいます。良いサムサラ、輪廻の中に居たいというのなら、私に決して触れてはいけません」という警告を伝えた。
ですが、英雄ガーナムは己の欲望を抑えきれなかった。
太陽の女神のその裸体。その美しき体に触れたい、と。
――太陽を抱きしめた英雄ガーナムは、翌日、自身の宮殿のプールで焼き尽くされた姿で浮かんで亡くなっていた〉〉
マリオはペンで手帳に書き込んでいく。
今までの話を書き込まれたようで次を聞いていく。
「――その後の話はありますか?」
アルシャさんは「あります」と言って話を続ける。
〈〈 太陽の女神は、英雄ガーナムと、その家族は永久に消えぬ魂の呪いをかけました。太陽の女神は、汚れた人間の手で己に触れられたことに怒り、英雄ガーナムの娘「サマリ」に「太陽の光を浴びると灰となる呪い」をかけたのです。太陽に触れた英雄ガーナムの影響でサマリは永遠に近い命を得ましたが、太陽の光の下に出られなくなります。
可哀想に感じた「月の女神」が、サマリに伝えました。
――あなたは夜の中で静かに暮らしなさい。
――太陽を見ることは叶わずとも、月の明かりを。と〉〉
俺は思わず呟く。
「サマリ……?」
マリオは俺の呟きに気付いていないようだった。
「ふーむ。太陽の光を浴びたら灰になるか。ここは「ヴァンパイア」と書いておくか。英語圏なら細かい説明抜きにそう言ったほうが分かりやすい」
俺の中で、点と点が繋がって線になったような感覚がした。
〈それがサマリなのか? 彼女が自らをヴァンパイアって名乗った理由は、英語圏の人々が「ヴァンパイア」と言うからなのか?〉
だけど、その神話が現実のものとは思えなかった。
未だに「疑いが半分」という気持ちが残っている。
悪霊や、心霊ホテルというものは、言ってしまえば「よくある話」だったが、神話の存在だ、と言われるとまだ信じきれない。何か、それを信じるには「証拠を見ないことには」心で信じることが出来ないだろうと感じていた。
マリオは「では、今日はこのあたりで」と言った。
「後日、また話を聞かせてもらえれば」
「ええ。他のお客さんが居ない時なら」
アルシャさんも「話すこと自体は嫌ではない」ようだった。
マリオも流石に一日中話を聞いていることは出来ないようで「この後、僕は少し調べものに行きます」と言う。俺も一旦ここで引き上げる。
俺とマリオはホテルを出て「外で立ち話」をすることになる。
昼間の世界。太陽の下、今日は空が特に青かった。
「でも、マリオもよくこういう話を熱心に聞きますね? 俺のイメージではこういう神話はマリオの好みじゃないかと思ってました」
「――これはインド神話じゃないんですよ」
「え?」と驚いた俺にマリオが言った。
「だから気になって聞いているんです。インドの人々はインドの神話をよく話しますが、他の神話には全くの不寛容だ。なのに、彼女は全く聞いたことのない神話を話している。そこに「何」があるのか、ないのか。僕は見極めたい」
マリオは「では今日はこれで」とどこかへ歩いていく。
俺は煙草を一本吸いながら「それこそ、実は全くの嘘の話なのかも……」と、呟いていた。見上げる空は青く、遠くで人々の声が聞こえている。その「現実」を感じると「本当かどうか分からない神話」を昼間に信じられない自分が居た。