第3話
文字数 2,386文字
太陽の昇っている日中でも、身分証明が出来るものがない状況で街中を歩くことは危険を伴う。何か事件に巻き込まれた時に困る。受付で事情を説明すると受付の女性は「分かりました」と言った。このホテルでは最初にビザを確認したことで「未払いがなければ泊まって構わない」と言ってくれた。
ホテルを追い出されないことに安堵した。
俺は101号室の中に居る。ロビーから借りてきた今日の新聞や古い雑誌を読んで過ごす。新聞記事に大きく「殺人」との見出し。読み終えた新聞をロビーに戻そうと部屋の扉を開けて廊下へと出る。
扉を開けるとサマリと出会した。
「サマリ。暇でもしているのか?」
新聞や雑誌、書籍を指差してサマリはアルカイックな笑み。
「暇なのはどなたかしら? フルハシ?」
サマリは俺の事情を知っているようだった。
「ああ。ビザを盗まれちまったから今は不要な外出を避けたいんだよ。ただ歩いていても警察に呼び止められて「ビザは?」と聞かれたら一大事だからな。日本大使館へ電話して手紙も送った。新しいビザが届くまではホテル暮らしだ」
101号室の扉の前でサマリが聞いてくる。
「ねえ、そんなことより今日の物語はしっかり考えたの」
「当然。昨日の夜に考えた」
という流れで本日の小話へ移った。
昨日は20点だったから少しだけ練ってみた。
〈〈 極東の島国「NIPPON」に幻の蝶が居る。
そう聞いたインドの昆虫学者は日本へやって来た。インドとは違う景色と昆虫の多様性を見て「ここに何かがある」と彼は確信していた。
彼は、富士山の麓に広がる樹海の中へ。
森の中を茂みをかき分けて何日も調べました。
地元の人が近づかない森の中を幻の蝶を求め、探し回ったのですが、はじめに望んだものは見つからなかったのです。そして帰りの船の出港が近づいたため、仕方なくそこらに飛んでいる普通の蝶を一匹瓶に詰めて船に乗りました。
その夜に学者は夢を見ました。美しい藍色の着物を着た黒髪の少女が夢の中に現れて、学者に懇願しました。
「どうか故郷に帰らせてください。お願いします」と。
学者は驚き「君は何者なんだ」と少女に問いかけました。
少女は続けました「私は瓶に入れられた蝶の精です」と。
学者が「君は特別な蝶なのか」と聞くと、蝶の精は「はい」と答えました。学者は「それを証明出来れば逃がそう」と言いました。蝶の精は「私の羽根は、朝の太陽の光で七色に光ります。明日の朝にそれをお見せします。私の話が本当であると証明出来たら、この瓶から逃してください」と。
学者も蝶の精と約束しました。
翌日の朝、その蝶の精は学者にホルマリン漬けにされました。学者が、朝の光で七色に光る蝶を「永遠に自分の手元に留めておきたい」と思ったからです〉〉
「85点。何か日本らしくて良かった」
「それはどうも。俺にしては結構頑張った方の物語だ」
内容より空気の良さってやつだな。
日本人だって異国の空気に触れれば喜ぶ。それが良いとか悪いとかは別にして、それは世界中で共通のことだ。寿司と天ぷら、富士山、芸者、舞妓さんに侍、忍者。分かりやすい日本。単純だけど日本固有のものが出てくれば喜ばれる、ということだ。本質的にはインドでインド料理を食べたがる日本人と同じだ。
サマリに「残りの15点はどうしたら埋まる?」と聞いてみる。
「そうね。展開にもう少し新しさがあればと思う」
「今日はこれでお仕舞い。また明日に何か話を用意しておくさ」
そう伝えるとサマリは「じゃあ明日ね」と言って扉を閉めた。俺は「彼女、俺のこと気に入ったのか?」と言いながら煙草に手を伸ばす。
「煙草の箱」残り一本の煙草。
「どこかで煙草を買わないと」
俺は「ウインストン」の煙草しか吸わない男だ。
もはや、味や質を問うものではない「こだわり」だ。ウインストンより明らかに良い煙草が出てもきっとウインストンを吸うだろう。煙草の悪しき依存性と肺を黒く染めていくのにも関わらず向けている愛、自己の命と存在価値を皮肉るようなものだ。今ではあの白い煙がまるで悪魔のように俺を操っている。
煙草なしでは生きていられない程に魂を縛っているんだ。
「煙草がホテル内で買えれば楽なんだがな。売店あるかな?」
そう思って101号室を出た。
ホテルの設備や共有部を確かめておく。
数日の滞在で、昨日はショックでそれどころではなかった。
ロビーには本が飾ってあって有名どころの文学本も置かれている。英語の読み書きはここ一年で向上したとはいえど、まだ辞書で単語の意味を調べたりする程度の実力だ。まあ、これも勉強だと思うことにしている。
「お? 何だ、これ? 煙草が並んでいるぞ?」
その珍しい機械は確かにあった。
「煙草の自動販売機」だった。
「これは珍しい。お金を入れれば煙草が買えるのか。インドって怪しい物が置かれているな。いや「MADE IN JAPAN」って記載があるな。確かに日本人はこういうものを作ることに熱を上げるよな。俺に取っては都合が良いが。ウインストンの煙草も売っている。これで煙草は何とかなるな。価格は少し高めだけど仕方ない」
お金を入れてボタンを押すと煙草が落ちてくる。
煙草が手に入って安心した後で考える別のこと。
「そういや、昨日、俺の他に宿泊客をちらっと見たような気がする」
遠目で見た感じは気さくそうな男がチェックインしていた。
俺は「あの男はインド人ではなさそうだったな」と思いながらロビーに置かれていた英語の文庫本、カミュの「異邦人」を手に取って101号室へ戻る。異邦人の小説の内容は日本で読んだことがあるから英語の勉強だ。
確か、太陽が眩しすぎるから人を殺すという内容だ。
ノーベル作家の作品から何かインスパイアされれば、俺の話も、残りの15点が埋まって100点を取れるかもしれない、なんて思いながら。
ホテルを追い出されないことに安堵した。
俺は101号室の中に居る。ロビーから借りてきた今日の新聞や古い雑誌を読んで過ごす。新聞記事に大きく「殺人」との見出し。読み終えた新聞をロビーに戻そうと部屋の扉を開けて廊下へと出る。
扉を開けるとサマリと出会した。
「サマリ。暇でもしているのか?」
新聞や雑誌、書籍を指差してサマリはアルカイックな笑み。
「暇なのはどなたかしら? フルハシ?」
サマリは俺の事情を知っているようだった。
「ああ。ビザを盗まれちまったから今は不要な外出を避けたいんだよ。ただ歩いていても警察に呼び止められて「ビザは?」と聞かれたら一大事だからな。日本大使館へ電話して手紙も送った。新しいビザが届くまではホテル暮らしだ」
101号室の扉の前でサマリが聞いてくる。
「ねえ、そんなことより今日の物語はしっかり考えたの」
「当然。昨日の夜に考えた」
という流れで本日の小話へ移った。
昨日は20点だったから少しだけ練ってみた。
〈〈 極東の島国「NIPPON」に幻の蝶が居る。
そう聞いたインドの昆虫学者は日本へやって来た。インドとは違う景色と昆虫の多様性を見て「ここに何かがある」と彼は確信していた。
彼は、富士山の麓に広がる樹海の中へ。
森の中を茂みをかき分けて何日も調べました。
地元の人が近づかない森の中を幻の蝶を求め、探し回ったのですが、はじめに望んだものは見つからなかったのです。そして帰りの船の出港が近づいたため、仕方なくそこらに飛んでいる普通の蝶を一匹瓶に詰めて船に乗りました。
その夜に学者は夢を見ました。美しい藍色の着物を着た黒髪の少女が夢の中に現れて、学者に懇願しました。
「どうか故郷に帰らせてください。お願いします」と。
学者は驚き「君は何者なんだ」と少女に問いかけました。
少女は続けました「私は瓶に入れられた蝶の精です」と。
学者が「君は特別な蝶なのか」と聞くと、蝶の精は「はい」と答えました。学者は「それを証明出来れば逃がそう」と言いました。蝶の精は「私の羽根は、朝の太陽の光で七色に光ります。明日の朝にそれをお見せします。私の話が本当であると証明出来たら、この瓶から逃してください」と。
学者も蝶の精と約束しました。
翌日の朝、その蝶の精は学者にホルマリン漬けにされました。学者が、朝の光で七色に光る蝶を「永遠に自分の手元に留めておきたい」と思ったからです〉〉
「85点。何か日本らしくて良かった」
「それはどうも。俺にしては結構頑張った方の物語だ」
内容より空気の良さってやつだな。
日本人だって異国の空気に触れれば喜ぶ。それが良いとか悪いとかは別にして、それは世界中で共通のことだ。寿司と天ぷら、富士山、芸者、舞妓さんに侍、忍者。分かりやすい日本。単純だけど日本固有のものが出てくれば喜ばれる、ということだ。本質的にはインドでインド料理を食べたがる日本人と同じだ。
サマリに「残りの15点はどうしたら埋まる?」と聞いてみる。
「そうね。展開にもう少し新しさがあればと思う」
「今日はこれでお仕舞い。また明日に何か話を用意しておくさ」
そう伝えるとサマリは「じゃあ明日ね」と言って扉を閉めた。俺は「彼女、俺のこと気に入ったのか?」と言いながら煙草に手を伸ばす。
「煙草の箱」残り一本の煙草。
「どこかで煙草を買わないと」
俺は「ウインストン」の煙草しか吸わない男だ。
もはや、味や質を問うものではない「こだわり」だ。ウインストンより明らかに良い煙草が出てもきっとウインストンを吸うだろう。煙草の悪しき依存性と肺を黒く染めていくのにも関わらず向けている愛、自己の命と存在価値を皮肉るようなものだ。今ではあの白い煙がまるで悪魔のように俺を操っている。
煙草なしでは生きていられない程に魂を縛っているんだ。
「煙草がホテル内で買えれば楽なんだがな。売店あるかな?」
そう思って101号室を出た。
ホテルの設備や共有部を確かめておく。
数日の滞在で、昨日はショックでそれどころではなかった。
ロビーには本が飾ってあって有名どころの文学本も置かれている。英語の読み書きはここ一年で向上したとはいえど、まだ辞書で単語の意味を調べたりする程度の実力だ。まあ、これも勉強だと思うことにしている。
「お? 何だ、これ? 煙草が並んでいるぞ?」
その珍しい機械は確かにあった。
「煙草の自動販売機」だった。
「これは珍しい。お金を入れれば煙草が買えるのか。インドって怪しい物が置かれているな。いや「MADE IN JAPAN」って記載があるな。確かに日本人はこういうものを作ることに熱を上げるよな。俺に取っては都合が良いが。ウインストンの煙草も売っている。これで煙草は何とかなるな。価格は少し高めだけど仕方ない」
お金を入れてボタンを押すと煙草が落ちてくる。
煙草が手に入って安心した後で考える別のこと。
「そういや、昨日、俺の他に宿泊客をちらっと見たような気がする」
遠目で見た感じは気さくそうな男がチェックインしていた。
俺は「あの男はインド人ではなさそうだったな」と思いながらロビーに置かれていた英語の文庫本、カミュの「異邦人」を手に取って101号室へ戻る。異邦人の小説の内容は日本で読んだことがあるから英語の勉強だ。
確か、太陽が眩しすぎるから人を殺すという内容だ。
ノーベル作家の作品から何かインスパイアされれば、俺の話も、残りの15点が埋まって100点を取れるかもしれない、なんて思いながら。