第25話 観光の締め括りは徳島市内だった

文字数 1,526文字

 もう車は徳島市内に入っていた。
 天石門別八倉比売神社は国府町に在った。
「此処は正一位式内明神大社として阿波の国で最も神格の高い神社なの。御祭神は天照大神だとされているわ」
奥の院には青石で築かれた五角形の祭壇が有った。
「これが卑弥呼の墓と言われているものよ」
神社を出て車を走らせながら、麗奈が訊ねた。
「阿波の狸合戦と言う有名な逸話を知っている?」
「聞いたことはあるけど、詳しくは知らない」
「徳島市津田の六衛門狸と小松島市の金長狸による合戦物語なの。三日三晩続いた戦いは多くの狸の犠牲者を出し、最終的には金長狸が勝ったんだけど、金長狸も戦いで負った傷が元で命を失ったの。戦いで勝った金長狸は正一位を授かり、今でも小松島市中田町で金長大明神として大切に祀られているの」
「へ~え、狸の大明神か」
「小松島ステーションパークには高さ五米、重さ十屯の世界一大きな狸の銅像も在るわよ」
「世界一大きな狸の銅像?」
「この徳島にはその他にも多くの狸伝説が在るわ。狸に化かされたり、恩返しされたり、復讐されたりと言った数多くの逸話がある。これは、わからないことは狸の所為にする、という徳島ならではの文化であり、また、突然の病など不合理なことを説明する際の一種の安心装置にもなっているのね」
「なるほど、そういうことか・・・徳島の文化ねえ・・・」
 時刻は既に夕暮れになってはいたが、南国徳島の空は晩夏の九月とは言っても未だ未だ明るくて高かった。
「どう?夕食には未だ少し早いから、少し市内を回りましょうか」
「うん。そうしよう」
 
 十分ほど車を走らせると「県立文学書道館」が見えて来た。
「此処は瀬戸内寂聴記念室や書道美術展示室、文学常設展示室や所蔵資料展示室などが在る将に言葉が溢れる言の葉ミュージアムなの」
二人は南入口を入って中央に在る受付カウンターで観覧券を購入した。カウンターの周囲には来場者が休憩したり交流を図ったりする為の寛ぎのスペースやギャラリー、図書閲覧室などが在った。二階は吹き抜けになっていたが、実習室と講座室だけだったので二人は素通りして三階へ上がった。
麗奈が指差した先に「瀬戸内寂聴記念室」が在った。寂聴の人生を辿りながらその文学に迫る趣向だった。室内には京都嵯峨野の「寂庵」を模した書斎が在り、外には日本庭園が設置されていた。心が和む空間だった。
「文学書道館」を出た二人はまた車に乗って「徳島中央公園」を目指した。
 
 五分ほどで着いた園の駐車場に車を停め、数寄屋橋を渡って中へ入った二人の左手前に「旧徳島城表御殿庭園」が拡がっていた。
「この庭園は徳島城の表御殿に設けられた庭園で、枯山水と築山泉水庭から構築された回遊式の庭園なの」
南側に位置した枯山水は大きな石を大胆に使用し、特に長さ十米を超す緑泥片石で作られた石橋は圧巻だった。
 庭園を出て南へ下り、魚の看板や石垣、堀川などを眺めながら下乗橋を渡ると左手に「鷲の門」が在った。
「これは徳島城の正門で様式は薬医門なの。名前の由来は、幕府の許可を得易くする為に鷲の飼養所として届けたことからその名があると伝えられているわ」
舌石やお花見広場や徳島城博物館を右に見ながら数寄屋橋の近くまで戻って来ると左前方にバラ園が拡がっていた。
「おう、良い香りだなぁ」
「初夏から秋にかけて、約百坪の花壇に、ニューカリーナやアマツオトメやチャールストンなど凡そ四十種、四百株ものバラが咲き乱れ、辺りに芳香が漂って訪れる人々を楽しませるのよ」
徳島中央公園を後にした車の中で麗奈が言った。
「駅の南側には“阿波おどり会館”や“ひょうたん島”、その先には“眉山”も在るけど、でも、もう良いわね、これくらいで」
「ああ、もう十分だよ、有難う」
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