第16話 「あなたがあそこへ私を連れて行った訳が解かったわ」

文字数 1,844文字

 話している内にお初天神の鳥居が見えて来た。
神社の入口で聡が真剣な眼差しで由美に言った。
「俺たちが心底愛し合っている深い思いの、その真実の覚悟を、二人で確認し合うのだからな、良いな」
由美は大きく眼を見開らき、聡の顔を正面から見詰めてしっかりと頷いた。
「うん」
「じゃ、行こうか」
 二人は先ず手水所で身を清めた。
聡は柄杓を片手で持って水を掬い、その水で左手から右手の順に漱いで手を清めた。更に、残った水を左手で受け口に含んで口を清め、含んだ水を溝に流した後、口をつけた左手を清め直した。それから、柄杓を垂直に立てて残った水を伝わせながら柄杓そのものを清め、元の位置に戻した。
聡の仕草をじっと見ていた由美も聡を真似倣ってお清めを終えた。
 境内には恋占いのおみくじがあった。早速に由美がおみくじを引いた。卦は「大吉」と出た。「願い事、望みの侭になります。然し、油断してはいけません」
「うわぁ、最高!良い運勢だわ!・・・でも、あなたはしないの?」
「うん、俺は止しとくよ」
「ふ~ん」
 本殿の前に立ってお賽銭を奉納し二礼二拍手一拝した時には、二人とも神聖な気持に包まれて身が引き締まった。
「お賽銭は福を戴き、願いを叶えて貰うお礼として奉納するものなのよね」
 縁結びの神社として親しまれているだけに御守りの種類は選り取り見取りだった。
オーソドックスなお守りから、鈴の付いたストラップ、匂い袋、水晶のブレスレット、ハート形の翡翠ストラップまで多種多様な御守りが在った。二人は“縁結びお守りペア”を買った。お初と徳兵衛に因んだ御守りで、大切な人と一つずつ持つと言う緑とピンクの二色セットだった。由美は二人の御守りを大事にバッグの奥に納い込んだ。
 
 七時頃になって宵宮が始まった。地車囃子が拝殿横の特設舞台で鳴り響き、暫くすると、舞獅子、傘踊りが入り、役太鼓の宵宮打ちが披露された。
 本宮は翌日の午前十時半から神事が行われ、十二時から役太鼓、舞獅子、地車囃子がお祓いを受けて宮を出る。先ず、赤い鳥帽子姿の六人の打ち子が乗る役太鼓が出発し、阪神百貨店、ハービス大阪、大阪駅前、お初天神通りなど繁華街からビジネス街の氏地を八時間かけて巡行する。少し遅れて舞獅子、お囃子、傘踊りの一団が出発して此方は地下街も巡行する。子供や女性が中心の華やいだ巡行である。夜の十時過ぎに舞獅子と傘踊りが宮入りし、お囃子隊の笛、地車囃子の鉦、太鼓が夏祭りの囃子唄と一つに溶け合って祭りは最高潮に達する。毎年七月第三金曜日と土曜日の二日間に行われる大阪キタのど真ん中の夏の祭典なのであった。
 本殿から少し行くと「神牛舎」があった。
「神牛さん」「撫で牛さん」と呼ばれ、身体の病むところと神牛さんのその箇所を交互に撫で摩って、神牛さんに身代わりになって貰う、或は、神牛さんの霊力を以て病を治癒して頂くと言う信仰であった。昨今は学力の向上を願う学生や受験生も多数参詣するらしい。
 最後に二人は「恋の願かけ絵馬」を奉納した。
全国からやって来た大勢の参拝者たちが恋愛成就を初め様々な願いを祈願した多数の絵馬が掛けられていた。聡が薀蓄を披露して言った。
「奉納された絵馬は、毎月第一日曜日に願い事成就のお祓いをして貰うんだよ」
因みに、恋愛成就の絵馬にはお初と徳兵衛のイラスト入りのハート形のものや美人祈願の絵馬と言うのも在った。顔の無いお初のイラストに自由に顔を描いて真の美人になれるように祈願すると言うものだった。
 
 お初天神を抜けて大阪駅への道すがら、由美が聡に聞いた。
「あなたは何故おみくじを引かなかったの?」
「うん?占いは二人でするもんじゃないよ。君が吉と出て俺が凶だったら腹立たしいし、その逆だったら君が哀しむだろう。だから、俺はやらなかったのさ」
細かいところまで自分のことを思ってくれる聡の気持が嬉しくて由美はスキップしたい気分になった。
「あなたがあそこへ私を連れて行った訳が解かった気がする」
「うん?」
「愛し合う二人の愛は、叶わなければ一緒に死ぬってところまでの、お初と徳兵衛のような深い絆と強い覚悟が無ければ駄目なのね。その根本はとことん信じ合うと言うことに尽きるんだと思う。何が有っても互いに信じ合って二人の愛を成就させる。私は改めて今日、あなたとの愛の成就に強い覚悟と揺るぎ無い信念を持てたように思うわ」
「まあ、今の時代、恋愛で心中なんて、と思われがちだろうが、突き詰めればそう言うことだろうな」
二人は新たな気分で見交わし合った。
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