4話 めぐりあい

文字数 3,498文字

これまで生きてきて、こんなにもあっという間に過ぎる日々は初めてだ。虹を見てから、気づけば20日目。元に戻るまで、残り13日。けれど心のどこかで、解除の虹を見ずにこのまま人として暮らすという選択肢がちらついている。20日前の僕が聞いたら耳を疑うだろうけど、彼の存在がこの選択肢を増やした。

そしてもし人として生きれば、神様の永遠の命ではなく寿命のある時間を過ごすことになる。僕という存在が、今度こそ消える刻がくる。「もしも有限の時を過ごすことになったら」と、そう想像したとき、ひとつの疑問が湧いた。

僕は、誰と一緒に、何をして、生きていきたいのだろう。


***


「っくしゅん!」

「はい、ぴよくん。ティッシュここだよ」

いつもは朝から元気に動き回るぴよくんが今日は珍しくのんびりモードで、朝食も進みが遅い。鼻をかむ彼の頬が心なしか赤らんでいたので、気になって額に手を当てる。そして不安は的中した。

「ぴよくん!熱あるよ!?」

「ふぇ?」

慌てて戸棚を開け薬草箱の中を探してみるものの、風邪に効くものは備えがなかった。今から収穫しに行こうにも、目的の薬草が群生する場所はここから遠い。具合の悪いぴよくんを長時間ひとりにするわけにもいかず、考えあぐねていると、玄関の戸を叩く音が響いた。なんとタイミングの悪いことだろう。即座にお引き取りいただかなくては。

玄関を開けると、小さな籠を手にした見知らぬ女性が佇んでいた。

「こんにちは。ここに・・・」
「すみません、今ちょっと手が離せないんで後にしてもらってもよいでしょうか?」

扉を閉めようとした瞬間、彼女が下げている籠の中に探していた薬草が鎮座しているのが目に留まった。

「すみません!やっぱりどうぞ入ってください!!」

「フフフ。面白い方ね」



もらった薬草を煎じてぴよくんに飲ませると、彼は布団に入るなり穏やかな寝息を立て始めた。大事になる前に処置できて本当によかった。

「あの、ありがとうございます。遅くなりましたが、僕は福介、彼はぴよまるくんです」

「ええ、よろしくね。私はメロディ、もともとは兎なの。あなたは?」

「え?もしや白い虹を?」

「そう。あなたたちと同じ」

「そうでしたか。あ、僕は神様で、彼は幸運を運ぶ鳥さんです」

「わあ素敵。聞いた通りね」

「すみません、誰に聞いたか教えてもらってもいいですか?」

「通りすがりのおじい様よ。目元を布で隠して、独特な雰囲気を持つ方だったわ。菜の花畑で休んでいたら声を掛けてくださってね。“この先の幸せの家に、私と同じ2人が住んでいるよ”って教えてくれたの。この籠も彼がくださったもので、おかげで脚の傷が癒えたわ」

彼女が指差す籠の中には薬草の他にもさくらんぼやびわ、菜の花などが芳しい香りを立てている。

落ち着いたら、ぴよくんと一緒に仙人にお礼に行こう。


***


まさか兎さんとお話できる機会が持てるなんて、先月の僕は予想できただろうか。虹は、ご縁を紡ぐ幸運の魔法なのかもしれない。この好機を満喫すべく、いろいろ聞いてみることにした。互いにびわをつまみながら、話に花が咲く。

彼女はふた山離れた場所にあるお花畑に住んでいるそうだ。10人家族の中で、虹を見たのは彼女だけ。「世界中のお花畑を見たいっていう夢が叶ったの」と顔を綻ばせて言った。道中、人里の近くを通ることもあったというので、黄色い鳥を見なかったかと聞いたけれど、残念ながらその出会いはなかったそうだ。彼女は初めて見る人々の姿に興味を持ち、こっそり近づいて草むらから行き交う人の流れを眺めている時に、誤って防獣用の罠に脚をかけて怪我をしてしまったらしい。元いたお花畑がどれほど安全か気づけてよかったと、笑って話してくれた。

「それ以降、念のため人のいる場所には近づいていないけれど、あの場所で色んな人を見ることができて嬉しかったわ」

「でも、彼らのせいで怪我したんですよね?嫌いになったりしないんですか?」

「どうして?外敵から身を守るための対策を取るのは珍しいことじゃない。神様はどうか知らないけれど、大事なひとの命を守りたいという本能は誰にでもあるのだと思うの。兎にも、鳥にもね。それにね、たったひとりのひとが私を責めたとして、その他大勢もそうであるとは限らないと思うのよね。あれだけ沢山の人がいるのだから、いい人も悪い人も、優しい人も厳しい人も、私に合う人もそうでない人も、大勢いる。誰に会えるかは、神様の采配なのかもしれない。でも、だけどね。私はどこにいても、いつだって、笑顔の似合う素敵なひとに巡り会えると信じているわ。だから、あなた達に会えた」

「……あの、メロディさんは、幸せを運ぶ幸運の兎さんですか?」

「フフフ。そう信じてくれるなら、そうだと思うわ。まあ、そうやって呼ばれたことはないけどね」

僕は疑う余地なく、素直に、きっとそうだと信じた。



急須にお湯を注ぎ足していると、ぴよくんが起き出す音が聞こえた。そちらに視線を移すと、彼は上半身を起こしてゆったりと目を擦り、ぼーっと天井を見つめた。まだ半分夢の中にいる。

「ぴよくん、具合どう?」

そっと額に触れると、もう熱は下がっていた。鼻風邪はまだ残っているので、光る鼻を優しく拭う。

「ふく、お腹すいた」

「うん。お粥作るから、ちょっと待っててね」

そこへメロディさんが近づいてきて、ティッシュを手に取った。

「またお鼻が出てるわよ」

大人しく拭かれながら、ぴよくんは目を見開いてにんまりと口角を上げた。

「ふくっ!ふくーっ!!家族が増えたっ大家族になったのだ!!」

「ああ、この方は・・・」
「“まままる”が増えたっ!!」

「「え?」」

「兄に加えて“まま“もできるとは!ふくは幸せものだなっ!兄もうれし・・・へ・・・はっ・・はっくしょい!」


僕のお兄ちゃんは、世界一の笑わせ上手です。


***


ぴよくんはお誕生日席に座り、右手の僕、左手のメロディさんと交互に笑顔を交わしながらお粥を食べている。家族が増えた幸せが全身に満ち、放たれ、それは僕らの心にも届いてきた。

そして軽く自己紹介するメロディさんの話を聞き、彼は首を傾げる。

「なるほど。じゃあ、メロディはなぜ世界中のお花畑を見たいのだ?お家の近くのお花畑は飽きたのか?」

「飽きてはいないわ。あの場所は大好きよ。でも、せっかく動ける脚があるのだから、遠い場所を訪ねてみたいの。遠く知らない場所で、私と全く異なる価値観や美意識を持ったひと達に会って、その心に触れて、もっともっと沢山の私に会いたいの」

「うん?ぴよには難しいお話なのだ。沢山のひとではなく、沢山のメロディに会いたいのだな?」

「そうよ。ひとにめぐり逢い、そのひとの心や人生(ものがたり)に触れるとき。それは私にとって、私の人生(ものがたり)を豊かにする瞬間。今まで知らなかった視点や世界観、感情を、増やせるチャンスだと思うの。そうすることで、より繊細になった感覚で鮮やかな世界を感じとれるようになれたり、相手の気持ちがよりわかるようになるはずで。もちろん、全てのめぐり逢いがプラスに働くとは思ってないわ。でも、たとえもし気持ちが沈むようなものであっても、それは私に合わない人の傾向がわかる学びだし、反面教師として、私が嫌なことは相手にもしないようにする。ほらね?ひとに会うことで、いろんな側面を持つ私に会えるでしょう?だから、私にとって、無駄な出逢いなんてない。無駄な経験(こと)なんて、一個もないの」

「そうか、メロディはスゴイな。そうやってどんどん自分というものを楽しみ慈しんでいるのだな。ぴよも見習うのだっ。ふく!早速あした家族で隣の山に・・・はっ・・・ほっ・・・へっ・・へっくちょい!!」


この大家族は、笑いが絶えない自慢の家族です。




僕らはきっと気づかぬうちに、自分自身に制限を掛けている。遠くへ行けない理由、誰かに会えない理由、何かができない理由を、「やるか否か」考える前に作り上げている。それは自己防衛本能かも知れない。不変が安全なのは、肌でわかる。けれど怖がりながらも自分の制限を解き放ったとき、きっとそこで、新しい自分に出逢える。

そこでの経験を活かすも殺すも自分次第。それを呪いの呪文にするか、幸運の魔法にするかは、全て、自分次第。


僕らは僕らが想像している以上に、自由だ。

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