6話 永遠の絆
文字数 3,649文字
そこからの日々は、思い出作りに忙しかった。初めての川遊びにぴよくんが大はしゃぎ。びしょ濡れになりながら川魚を釣り上げ、そのまま初めての焼き魚に挑戦したものの大失敗。黒こげの魚を目の前にふたりして笑い転げた。また別の日にはなだらかな山に登り、一晩中星空観察に興じた。ぴよくんの住む湖からも見える星を見つけ、彼は「同じ星を眺める夜は、きっと心も繋がる夜だな」と嬉しそうに言い、僕に抱きついた。こうして人の手で互いを抱きしめられるのも、後3日。
次の日は花壇の土いじりを楽しんだ。ぴよくんは僕の大きな麦わら帽子を被って、僕が掘った穴に花の種やどんぐりを埋めていく。
「ふく。どんぐりは、来週には木になるのか?」
「うーん。もうちょっとかかるかな」
「そうか。このどんぐりが育ったら、ぴよはここに引っ越すぞ。そしたらまた、同じように、毎日一緒にいられるのだ」
「良いね、すごく楽しみだね」
「うむっ!そのときはまた山菜うどんを作ってほしいのだっ」
「ハハハッ、本当に好きだね。うん、たくさん作って待ってるよ」
「うむーっ!」
一緒に過ごす最後の夜。布団に入ってしばらく経つのに、深夜になっても会話を止められない。静寂に包まれるのが、無性に怖い。
「ふく」
「うん?」
「手を繋いでもいい?」
僕から彼の手を迎えに行った。
「もしできるなら、明日虹を見る瞬間にも、ぴよと手を繋いでいてほしい」
「もちろん。僕もそうしたいと思ってた」
「うむ、気が合うな。ぴよは、人の手というものを経験できて、この手をふくと繋ぐことができて、幸せだぞ。ふくは、そばにいるものを幸せにする幸運の鬼だな」
明日は彼が鳥の姿に戻る日で、僕が神様の姿に戻る日。それがこの世に生きる僕らの運命だと、苦しい言い訳をこじつけた。もちろん僕らはそれをしっかり受け止めたわけでも、納得しているわけでもない。けれどそうでもしないと、このままふたりだけの狭い世界を生き、そこから抜け出せなくなりそうだった。でもメロディさんのように広い世界を見て変化し続けることの重要性も理解している。だから僕らは、虹を待った。
翌朝。一緒に顔を洗い、一緒におはよう体操をして、一緒に朝食を作り、一緒に食べた。
「ふくの作る料理は世界一美味しいのだ」
そして一緒に散歩に出かける。行きは手を繋いで、帰りはおんぶをリクエストされた。
「ふくの背中は最高だな。ここにいると、すごく落ち着くのだ」
ちょうど家に戻ると同時に、ぽつぽつと窓を打つ雨音が僕らを包んだ。窓の外には青空が残っている。お天気雨だった。
「……ふく」
僕をぎゅっと抱きしめるぴよくん。
「ふくの腕の中には、幸せがいっぱい詰まっているな。ここは温かくて、優しくて、ふくをそばで感じられて、全てが大丈夫に思えるのだ」
「ありがとう。僕も、ぴよくんが抱きしめてくれるたび、君の笑顔を見るたびに、幸せが込み上げてくるよ。生きててよかったって、感謝が止まらなくなるんだ」
「うむっやっぱり気が合うな!」
こちらを見上げて見せる、泣き笑いでぐしゃぐしゃの顔は、とても可愛らしかった。
「さよならは、いつだって寂しい。だけどふく、心配いらないぞ。ぴよはふくのことが大好きだからな。たとえこの声が届かなくなっても、手が繋げなくなっても、この大好きの気持ちは、ずっとふくのそばにあるのだから」
僕は涙が止まらなくなる。だけど止めずに、この感情を味わい尽くして、君のことを思い出じゃなく「永遠の今」に昇華させるから。
「ぴよくん、僕もぴよくんが大好きだよ。僕が神様に戻って永遠にこの世を生きるようになったら、僕の心には君が生き続ける。だからね、幸せの黄色い鳥も、ぴよくんも、僕と一緒に生き続ける。ぴよくんが、その家族が、この世界から姿を消すことはないからね」
「うむっ!ありがとう!ふくには、ありがとうを100年言い続けてもきっと足りないのだぞ」
窓の外がいっそう明るくなり始めた。虹が迎えにきたのだとわかった。僕は、ぴよくんの小さな手を握りしめる。とても小さくて、温かくて、優しい、ぴよくんの手。
「ふくの手は大きいな」
涙が僕の喉を塞いだ。
「ふく」
「ぴよくん」
「「出逢ってくれて、ありがとう」」
外に出て、空を見上げると、大きくて綺麗な白い虹がかかっていた。涙で目が霞んでいるからだろうか、あの日見たものより優しい色に見えた。いや、これはきっと、君が隣にいてくれるからだ。君は僕の世界を美しく塗り替えてくれたね。淡い光が僕らを包んだ。
光がおさまっても、なかなか目を開ける勇気が出ない。深呼吸を繰り返し、うるさい心臓をなだめながら、徐々に明るい世界をのぞいていく。次第に研ぎ澄まされていく感覚。そこでふと、違和感に気づいた。繋いでいた手の中に何かが残っている。もしやぴよくんの洋服だろうか。思い切って視線を向けると、それはぴよくんの手だった。ぴよくんは繋がれたままの互いの手を茫然と見つめている。
「「ん……?」」
状況を把握できぬまま何となく手を解き、彼の頭を撫でたり、脇に手を入れて抱え上げたりしてみたが、それはたしかに実体で、たしかにぴよくんだった。同様に混乱している彼はおもむろに両手を広げぱたぱたと羽ばたくそぶりをみせる。
「……飛べないのだ……」
「……ぴよくん?」
「ふく……?」
ぴよくんの瞳に映る僕も、僕の瞳に映るぴよくんも、人だった。
「「……ッハハハハハハひえええぇぇ!!!」」
「どどどどどうなっているのだふくっ!ぴよは人だな?そうだなっ!?」
「あっえっうーん、その、えーと……」
僕らが動くたび、その足元に色とりどりの花が咲いていく。あたふたと動き回るぴよくんの周りはすでにお花畑化しつつあった。これは虹が僕の家に魔法を掛けたに違いない、そう思ってふたりして山道を走ってみる。足跡が花々で彩られた。さらに焦り出すぴよくんはどんどん花を咲かせ、落ち着こうとする僕は逆に花の噴出が収まっていくのに気づいた。
「ぴよくん、ちょっと落ち着いてみよう。はいっ深呼吸!」
ようやく互いに花の出現が止まる。そして顔を見合わせた途端、まだ一緒にいられる喜びが急に溢れ出して止まらなくなった。
「「……ッハハハハハハ!!!」」
喜びの感情が強くなると、より美しい花を咲かせることができるらしい。僕らの周りを大輪の花々が咲き乱れ、心地よい香りがふたりを歓迎した。ふたりで作ったお花畑は、世界一美しい。
虹を見れば元に戻ると当たり前のように予期していた。けれど、僕らの予想は大はずれ。思い返せば、あの日虹を見た時点で、僕は「当たり前の世界」から放り出されていた。それまでは、今後一生神様として粛々と役割を果たしていくことが運命であり変えられぬ日常だと無意識のうちに信じていた。そこにすがっていた。でも、当たり前なんてひとつもなかった。
奇跡のように君と出逢い、奇跡のようにまた同じときを紡ぐチャンスに恵まれた。僕らの時間は、奇跡の連続でできている。
僕らの小さな頭で予想できるものなんて、きっと心配不要なものだらけ。予想を遥に超える奇跡のような「いま」の連続が、想像以上に満たされた鮮やかな人生を形作っていく。虹は、僕らを幸せの魔法で試しながら、幸せの世界を広げ続ける。
お花畑を背にして、僕らは手を繋いで家に戻ることにした。
「ねえ、ふく」
「うん?」
「今日のお昼は、山菜うどんがいいのだ」
「うん、そうしようね」
「それと、食べ終わったら、一緒にお散歩に行きたいのだ」
「うん、わかった」
「お散歩に行って、たくさん笑ったら、そこがお花畑になる。そうやって世界中にお花畑を作れたら、メロディが喜んでくれる。メロディだけじゃなく、どこかにいるひめも、それを見た鳥も、兎も、獣も、神様も、人もみんなみんな、幸せな気持ちになれるはずなのだ。ぴよたちの姿が見えなくても、お花を見れば笑顔になれるのだ。だからきっと、ふくとぴよは、“幸せを運ぶふくとぴよ”になれたのだ」
「うんうん、絶対そうだよ。やっぱりぴよくんは、幸せを見つける天才だね。また一緒にいられて本当に嬉しいよ」
「えへへ。ぴよも嬉しいのだ。ぴよは、ふくに出会えて世界一の幸せものだと思った。でも違った。幸せを運ぶふたりになれて、宇宙一の幸せものだと気づけたのだ。もちろんふたりとも宇宙一だぞ!」
「うん!」
その瞬間、あたり一面がお花畑に塗り替えられた。
やっとわかった。僕は、世界にたったひとりの君と一緒に、世界中を幸せで包みながら、そして同時にこのふたりを幸せで満たしながら、この命を思う存分生ききりたい。
「おにぴよ」了
次の日は花壇の土いじりを楽しんだ。ぴよくんは僕の大きな麦わら帽子を被って、僕が掘った穴に花の種やどんぐりを埋めていく。
「ふく。どんぐりは、来週には木になるのか?」
「うーん。もうちょっとかかるかな」
「そうか。このどんぐりが育ったら、ぴよはここに引っ越すぞ。そしたらまた、同じように、毎日一緒にいられるのだ」
「良いね、すごく楽しみだね」
「うむっ!そのときはまた山菜うどんを作ってほしいのだっ」
「ハハハッ、本当に好きだね。うん、たくさん作って待ってるよ」
「うむーっ!」
一緒に過ごす最後の夜。布団に入ってしばらく経つのに、深夜になっても会話を止められない。静寂に包まれるのが、無性に怖い。
「ふく」
「うん?」
「手を繋いでもいい?」
僕から彼の手を迎えに行った。
「もしできるなら、明日虹を見る瞬間にも、ぴよと手を繋いでいてほしい」
「もちろん。僕もそうしたいと思ってた」
「うむ、気が合うな。ぴよは、人の手というものを経験できて、この手をふくと繋ぐことができて、幸せだぞ。ふくは、そばにいるものを幸せにする幸運の鬼だな」
明日は彼が鳥の姿に戻る日で、僕が神様の姿に戻る日。それがこの世に生きる僕らの運命だと、苦しい言い訳をこじつけた。もちろん僕らはそれをしっかり受け止めたわけでも、納得しているわけでもない。けれどそうでもしないと、このままふたりだけの狭い世界を生き、そこから抜け出せなくなりそうだった。でもメロディさんのように広い世界を見て変化し続けることの重要性も理解している。だから僕らは、虹を待った。
翌朝。一緒に顔を洗い、一緒におはよう体操をして、一緒に朝食を作り、一緒に食べた。
「ふくの作る料理は世界一美味しいのだ」
そして一緒に散歩に出かける。行きは手を繋いで、帰りはおんぶをリクエストされた。
「ふくの背中は最高だな。ここにいると、すごく落ち着くのだ」
ちょうど家に戻ると同時に、ぽつぽつと窓を打つ雨音が僕らを包んだ。窓の外には青空が残っている。お天気雨だった。
「……ふく」
僕をぎゅっと抱きしめるぴよくん。
「ふくの腕の中には、幸せがいっぱい詰まっているな。ここは温かくて、優しくて、ふくをそばで感じられて、全てが大丈夫に思えるのだ」
「ありがとう。僕も、ぴよくんが抱きしめてくれるたび、君の笑顔を見るたびに、幸せが込み上げてくるよ。生きててよかったって、感謝が止まらなくなるんだ」
「うむっやっぱり気が合うな!」
こちらを見上げて見せる、泣き笑いでぐしゃぐしゃの顔は、とても可愛らしかった。
「さよならは、いつだって寂しい。だけどふく、心配いらないぞ。ぴよはふくのことが大好きだからな。たとえこの声が届かなくなっても、手が繋げなくなっても、この大好きの気持ちは、ずっとふくのそばにあるのだから」
僕は涙が止まらなくなる。だけど止めずに、この感情を味わい尽くして、君のことを思い出じゃなく「永遠の今」に昇華させるから。
「ぴよくん、僕もぴよくんが大好きだよ。僕が神様に戻って永遠にこの世を生きるようになったら、僕の心には君が生き続ける。だからね、幸せの黄色い鳥も、ぴよくんも、僕と一緒に生き続ける。ぴよくんが、その家族が、この世界から姿を消すことはないからね」
「うむっ!ありがとう!ふくには、ありがとうを100年言い続けてもきっと足りないのだぞ」
窓の外がいっそう明るくなり始めた。虹が迎えにきたのだとわかった。僕は、ぴよくんの小さな手を握りしめる。とても小さくて、温かくて、優しい、ぴよくんの手。
「ふくの手は大きいな」
涙が僕の喉を塞いだ。
「ふく」
「ぴよくん」
「「出逢ってくれて、ありがとう」」
外に出て、空を見上げると、大きくて綺麗な白い虹がかかっていた。涙で目が霞んでいるからだろうか、あの日見たものより優しい色に見えた。いや、これはきっと、君が隣にいてくれるからだ。君は僕の世界を美しく塗り替えてくれたね。淡い光が僕らを包んだ。
光がおさまっても、なかなか目を開ける勇気が出ない。深呼吸を繰り返し、うるさい心臓をなだめながら、徐々に明るい世界をのぞいていく。次第に研ぎ澄まされていく感覚。そこでふと、違和感に気づいた。繋いでいた手の中に何かが残っている。もしやぴよくんの洋服だろうか。思い切って視線を向けると、それはぴよくんの手だった。ぴよくんは繋がれたままの互いの手を茫然と見つめている。
「「ん……?」」
状況を把握できぬまま何となく手を解き、彼の頭を撫でたり、脇に手を入れて抱え上げたりしてみたが、それはたしかに実体で、たしかにぴよくんだった。同様に混乱している彼はおもむろに両手を広げぱたぱたと羽ばたくそぶりをみせる。
「……飛べないのだ……」
「……ぴよくん?」
「ふく……?」
ぴよくんの瞳に映る僕も、僕の瞳に映るぴよくんも、人だった。
「「……ッハハハハハハひえええぇぇ!!!」」
「どどどどどうなっているのだふくっ!ぴよは人だな?そうだなっ!?」
「あっえっうーん、その、えーと……」
僕らが動くたび、その足元に色とりどりの花が咲いていく。あたふたと動き回るぴよくんの周りはすでにお花畑化しつつあった。これは虹が僕の家に魔法を掛けたに違いない、そう思ってふたりして山道を走ってみる。足跡が花々で彩られた。さらに焦り出すぴよくんはどんどん花を咲かせ、落ち着こうとする僕は逆に花の噴出が収まっていくのに気づいた。
「ぴよくん、ちょっと落ち着いてみよう。はいっ深呼吸!」
ようやく互いに花の出現が止まる。そして顔を見合わせた途端、まだ一緒にいられる喜びが急に溢れ出して止まらなくなった。
「「……ッハハハハハハ!!!」」
喜びの感情が強くなると、より美しい花を咲かせることができるらしい。僕らの周りを大輪の花々が咲き乱れ、心地よい香りがふたりを歓迎した。ふたりで作ったお花畑は、世界一美しい。
虹を見れば元に戻ると当たり前のように予期していた。けれど、僕らの予想は大はずれ。思い返せば、あの日虹を見た時点で、僕は「当たり前の世界」から放り出されていた。それまでは、今後一生神様として粛々と役割を果たしていくことが運命であり変えられぬ日常だと無意識のうちに信じていた。そこにすがっていた。でも、当たり前なんてひとつもなかった。
奇跡のように君と出逢い、奇跡のようにまた同じときを紡ぐチャンスに恵まれた。僕らの時間は、奇跡の連続でできている。
僕らの小さな頭で予想できるものなんて、きっと心配不要なものだらけ。予想を遥に超える奇跡のような「いま」の連続が、想像以上に満たされた鮮やかな人生を形作っていく。虹は、僕らを幸せの魔法で試しながら、幸せの世界を広げ続ける。
お花畑を背にして、僕らは手を繋いで家に戻ることにした。
「ねえ、ふく」
「うん?」
「今日のお昼は、山菜うどんがいいのだ」
「うん、そうしようね」
「それと、食べ終わったら、一緒にお散歩に行きたいのだ」
「うん、わかった」
「お散歩に行って、たくさん笑ったら、そこがお花畑になる。そうやって世界中にお花畑を作れたら、メロディが喜んでくれる。メロディだけじゃなく、どこかにいるひめも、それを見た鳥も、兎も、獣も、神様も、人もみんなみんな、幸せな気持ちになれるはずなのだ。ぴよたちの姿が見えなくても、お花を見れば笑顔になれるのだ。だからきっと、ふくとぴよは、“幸せを運ぶふくとぴよ”になれたのだ」
「うんうん、絶対そうだよ。やっぱりぴよくんは、幸せを見つける天才だね。また一緒にいられて本当に嬉しいよ」
「えへへ。ぴよも嬉しいのだ。ぴよは、ふくに出会えて世界一の幸せものだと思った。でも違った。幸せを運ぶふたりになれて、宇宙一の幸せものだと気づけたのだ。もちろんふたりとも宇宙一だぞ!」
「うん!」
その瞬間、あたり一面がお花畑に塗り替えられた。
やっとわかった。僕は、世界にたったひとりの君と一緒に、世界中を幸せで包みながら、そして同時にこのふたりを幸せで満たしながら、この命を思う存分生ききりたい。
「おにぴよ」了