2話 信じる?信じない?
文字数 2,914文字
とても心地よい夢を見た。僕は雲の上を渡り歩いて見知らぬ土地へ。南国の爽やかな風と、豊かな自然の香りを満喫し、そしてまた雲で移動する。雲に顔を埋めると、ふかふかであったかい。
幸せな気持ちを抱きしめたまま目を覚ますと、ふわふわした黄色い物体に顔を寄せていた。
「っ!??」
「ふぁっ!!」
反射的に身震いすると、黄色いそれもつられて動く。ふわふわの正体は、ぴよまるくんの柔い髪の毛。別々の布団で寝ていたはずだが、いつの間にか彼がぴったり抱きついている。
「悪い夢でも見たのだな?大丈夫だぞふくまる。ぴよが、そばに……」
そしてあっという間に夢の中に戻っていくぴよまるくん。どうしよう。抱きついたままでいられては、お祈りが……。
思い出した。今の僕に、それはできない。
半分自棄になって再び目を閉じる。そしてまた心地よい夢を見た。二度寝も悪くないと学んだ。
***
「さあ、ふくまる!朝ごはんを食べにいくぞ!」
「ちょっと待って。ぴよまるくんは、いつも何を食べるの?よかったら僕の分と一緒に作るよ」
「うむ、ぴよは虫が好きだぞ。ここにあるのか?」
「ああ……うん、ごめん、ない」
「気にすることはないぞ。ちなみに、ふくまるは何が好きなのだ?」
「うどんとか、ご飯とか、山菜とか、かな」
「ぴよもそれにする!」
どれも聞いたことのない食べ物のようで、興味津々にそうリクエストした。全部盛りはいくらなんでも炭水化物過多なので、山菜うどんを作って出した。彼は「いい匂いがする!」とはしゃぎ、いざ食べようとしたものの、お箸も握らずただただ目の前の丼ぶりを見つめてしょげる。
「ふくまるぅ……食べ方がわからないぞふくまるぅ……」
小さいお兄ちゃんの言動はいちいち僕のツボにハマり、笑いが絶えない。
***
のんびり朝食を終えてから裏の畑へと向かい、野菜を収穫することにした。小さい畑ではあるけれど、突然の二人暮らしにも耐えうる量が採れる。
「ふくまるはこれを全部1人で作ったのか?」
「そうだよ」
「なんと!ぴよの弟はえらいのだ!スゴイのだっ!」
そう言って僕に向かって両手を上げるぴよまるくん。その意図はよくわからないまま、とりあえず脇の下に手を入れ抱え上げてみた。
「……何をしてるのだふくまる?」
「え?抱っこして欲しいのかと思って」
「違うのだ!しゃがんで欲しかったのだっ」
「そっか。ごめんね、じゃあ・・・」
「あ、このままでいい!」
「えっ?・・・おわっ!」
彼はわしゃわしゃと僕の頭を撫でまわす。
「ふふーん。いいこいいこ。ふくまる、人の手はすごいな。こうやって、大事な弟を好きなだけ撫でられる」
軽く俯いて照れ隠しをしながら、お兄ちゃんが満足するまで褒められ続けた。
僕は鬼の姿でも人のように手足があったから、いざ人化したところでこの体に新鮮な感覚も目新しい感動もない。けれど、双翼が手に変化し、身体構造の何もかもが別物になってしまった彼にしてみたら、動く度に嬉しい発見ができるらしい。
その後、収穫は順調に進んだ。アスパラガスに、キャベツ、玉ねぎ、少し形は悪いけど苺も取れた。続けてほうれん草を採っていると、ぴよまるくんが畑中に何かを捕えて動きを止め、短く偵察してから真剣な目つきで走り出した。僕には野菜以外見えないけれど、鳥の仲間でも舞い降りたのかもしれない。そのまま手を止めずにほうれん草に向き合った。
「ふくふくふくふくふくふくーーーっ!!」
何の暗号かと思ったら、僕を呼んでいるらしい。真っ直ぐにこちらを見つめ満足そうに駆け戻る彼は、両手で何かを握りしめている。
「やっぱり人の手はスゴイな!こんなに大きなものが簡単に獲れたぞ!頑張ったふくにあげるのだっ」
そう言って開かれた手の平には大きなミミズが這っていた。
「ひいいいぃぃっっ!!」
お兄ちゃん、覚えておいてね。僕は虫が苦手です。
新鮮な野菜を大きい籐籠に詰め込んで、家へと戻る。途中、ぴよまるくんは苺をつまみ食いしていた。どうやら甘い物が好きみたいだ。そして満足すると、今度は泥だらけになった僕の左手を観察し始めた。
「ふくの手は大きいな」
それもそのはず。彼の体は人で言うところの子どもサイズで、僕は大人サイズ。彼は互いの手を重ねて、そのサイズの違いを面白がった。そして僕の手を観察し、指を折ったり開いたりして遊び、最後に握りしめた。
「おおっ!」
「どうしたの?」
「繋がったぞ!手が繋がったぞ!ふくとぴよが繋がった!」
嬉しそうに僕らの手を頬に寄せる姿は、無条件に僕を笑顔にした。
「ふく、やっぱり人の手はスゴイな」
「そうだね、ぴよまるくん」
「ふくも、ぴよのことはぴよと呼ぶといい。こうやって、繋がれたのだから」
「うん。ありがとう、ぴよくん」
白い虹のせいで、何もかも変わってしまった。突然、僕の意志に反して、望まぬ状況に放り出された。解決策はなく、時が過ぎるのをただ待つだけ。八方塞がりだと思った。けれどぴよくんは、できなくなったことより、できるようになったことに光を当てて、それを楽しんでいる。そうやって、僕を笑顔にする。頼れる兄を見習って、僕もできるようになったことを、探してみようかな。
***
あっという間に一週間が過ぎ去った。ぴよくんは徐々に野菜中心の食事に慣れ、家事も手伝ってくれるようになった。快晴のその日、夕方になって突然雷雨が降り出し、慌てて洗濯物を取り込んで戻ると、ぴよくんが抱きついてきた。雷が怖いようで、微かに体を震わせている。
「ぴよくん、大丈夫?」
「雷はキライだ」
「心配ないよ。それにほら、君は幸せの黄色い鳥さんなんでしょう?だからここは絶対安全だって、僕にはわかるよ」
「……。ふくがそう信じてくれるのなら、そうだな」
珍しくどこか自信のない彼の姿が不思議に思えた。
雨が止み、静けさが戻ると、ぴよくんはそっと僕から離れて口を開いた。
「ぴよは、神様じゃない。だから神様のように人を守ることや、幸せを確約することはできない。幸せの黄色い鳥が幸運をもたらすと信じてくれた人には、その信じる心があるがために、幸運がやってくるのだ。信じるも信じないも、その人の自由だから、“あなたのために絶対信じろ”とは言わない。言うつもりもない。だけどやっぱり、信じてくれると、嬉しい。ふくは、幸せの黄色い鳥を、信じてくれるか?」
そんなの、答えはもう決まってる。
「僕はぴよくんを信じるよ」
彼はまた僕の腕の中に戻り「ありがとう」と言った。
神様だってそうだ。僕だってそうだ。いくら祈りを捧げて人々の幸せを願っても、信じてもらえなければ、一方通行の願いは永遠に成就しない。
僕らは似ている。自分という存在が、相手がいることで成立している。ひとりだとただの鬼で、ひとりだとただの鳥。
白い虹に選ばれた理由が、僕らが出会った理由が、何となくわかり始めた気がした。
幸せな気持ちを抱きしめたまま目を覚ますと、ふわふわした黄色い物体に顔を寄せていた。
「っ!??」
「ふぁっ!!」
反射的に身震いすると、黄色いそれもつられて動く。ふわふわの正体は、ぴよまるくんの柔い髪の毛。別々の布団で寝ていたはずだが、いつの間にか彼がぴったり抱きついている。
「悪い夢でも見たのだな?大丈夫だぞふくまる。ぴよが、そばに……」
そしてあっという間に夢の中に戻っていくぴよまるくん。どうしよう。抱きついたままでいられては、お祈りが……。
思い出した。今の僕に、それはできない。
半分自棄になって再び目を閉じる。そしてまた心地よい夢を見た。二度寝も悪くないと学んだ。
***
「さあ、ふくまる!朝ごはんを食べにいくぞ!」
「ちょっと待って。ぴよまるくんは、いつも何を食べるの?よかったら僕の分と一緒に作るよ」
「うむ、ぴよは虫が好きだぞ。ここにあるのか?」
「ああ……うん、ごめん、ない」
「気にすることはないぞ。ちなみに、ふくまるは何が好きなのだ?」
「うどんとか、ご飯とか、山菜とか、かな」
「ぴよもそれにする!」
どれも聞いたことのない食べ物のようで、興味津々にそうリクエストした。全部盛りはいくらなんでも炭水化物過多なので、山菜うどんを作って出した。彼は「いい匂いがする!」とはしゃぎ、いざ食べようとしたものの、お箸も握らずただただ目の前の丼ぶりを見つめてしょげる。
「ふくまるぅ……食べ方がわからないぞふくまるぅ……」
小さいお兄ちゃんの言動はいちいち僕のツボにハマり、笑いが絶えない。
***
のんびり朝食を終えてから裏の畑へと向かい、野菜を収穫することにした。小さい畑ではあるけれど、突然の二人暮らしにも耐えうる量が採れる。
「ふくまるはこれを全部1人で作ったのか?」
「そうだよ」
「なんと!ぴよの弟はえらいのだ!スゴイのだっ!」
そう言って僕に向かって両手を上げるぴよまるくん。その意図はよくわからないまま、とりあえず脇の下に手を入れ抱え上げてみた。
「……何をしてるのだふくまる?」
「え?抱っこして欲しいのかと思って」
「違うのだ!しゃがんで欲しかったのだっ」
「そっか。ごめんね、じゃあ・・・」
「あ、このままでいい!」
「えっ?・・・おわっ!」
彼はわしゃわしゃと僕の頭を撫でまわす。
「ふふーん。いいこいいこ。ふくまる、人の手はすごいな。こうやって、大事な弟を好きなだけ撫でられる」
軽く俯いて照れ隠しをしながら、お兄ちゃんが満足するまで褒められ続けた。
僕は鬼の姿でも人のように手足があったから、いざ人化したところでこの体に新鮮な感覚も目新しい感動もない。けれど、双翼が手に変化し、身体構造の何もかもが別物になってしまった彼にしてみたら、動く度に嬉しい発見ができるらしい。
その後、収穫は順調に進んだ。アスパラガスに、キャベツ、玉ねぎ、少し形は悪いけど苺も取れた。続けてほうれん草を採っていると、ぴよまるくんが畑中に何かを捕えて動きを止め、短く偵察してから真剣な目つきで走り出した。僕には野菜以外見えないけれど、鳥の仲間でも舞い降りたのかもしれない。そのまま手を止めずにほうれん草に向き合った。
「ふくふくふくふくふくふくーーーっ!!」
何の暗号かと思ったら、僕を呼んでいるらしい。真っ直ぐにこちらを見つめ満足そうに駆け戻る彼は、両手で何かを握りしめている。
「やっぱり人の手はスゴイな!こんなに大きなものが簡単に獲れたぞ!頑張ったふくにあげるのだっ」
そう言って開かれた手の平には大きなミミズが這っていた。
「ひいいいぃぃっっ!!」
お兄ちゃん、覚えておいてね。僕は虫が苦手です。
新鮮な野菜を大きい籐籠に詰め込んで、家へと戻る。途中、ぴよまるくんは苺をつまみ食いしていた。どうやら甘い物が好きみたいだ。そして満足すると、今度は泥だらけになった僕の左手を観察し始めた。
「ふくの手は大きいな」
それもそのはず。彼の体は人で言うところの子どもサイズで、僕は大人サイズ。彼は互いの手を重ねて、そのサイズの違いを面白がった。そして僕の手を観察し、指を折ったり開いたりして遊び、最後に握りしめた。
「おおっ!」
「どうしたの?」
「繋がったぞ!手が繋がったぞ!ふくとぴよが繋がった!」
嬉しそうに僕らの手を頬に寄せる姿は、無条件に僕を笑顔にした。
「ふく、やっぱり人の手はスゴイな」
「そうだね、ぴよまるくん」
「ふくも、ぴよのことはぴよと呼ぶといい。こうやって、繋がれたのだから」
「うん。ありがとう、ぴよくん」
白い虹のせいで、何もかも変わってしまった。突然、僕の意志に反して、望まぬ状況に放り出された。解決策はなく、時が過ぎるのをただ待つだけ。八方塞がりだと思った。けれどぴよくんは、できなくなったことより、できるようになったことに光を当てて、それを楽しんでいる。そうやって、僕を笑顔にする。頼れる兄を見習って、僕もできるようになったことを、探してみようかな。
***
あっという間に一週間が過ぎ去った。ぴよくんは徐々に野菜中心の食事に慣れ、家事も手伝ってくれるようになった。快晴のその日、夕方になって突然雷雨が降り出し、慌てて洗濯物を取り込んで戻ると、ぴよくんが抱きついてきた。雷が怖いようで、微かに体を震わせている。
「ぴよくん、大丈夫?」
「雷はキライだ」
「心配ないよ。それにほら、君は幸せの黄色い鳥さんなんでしょう?だからここは絶対安全だって、僕にはわかるよ」
「……。ふくがそう信じてくれるのなら、そうだな」
珍しくどこか自信のない彼の姿が不思議に思えた。
雨が止み、静けさが戻ると、ぴよくんはそっと僕から離れて口を開いた。
「ぴよは、神様じゃない。だから神様のように人を守ることや、幸せを確約することはできない。幸せの黄色い鳥が幸運をもたらすと信じてくれた人には、その信じる心があるがために、幸運がやってくるのだ。信じるも信じないも、その人の自由だから、“あなたのために絶対信じろ”とは言わない。言うつもりもない。だけどやっぱり、信じてくれると、嬉しい。ふくは、幸せの黄色い鳥を、信じてくれるか?」
そんなの、答えはもう決まってる。
「僕はぴよくんを信じるよ」
彼はまた僕の腕の中に戻り「ありがとう」と言った。
神様だってそうだ。僕だってそうだ。いくら祈りを捧げて人々の幸せを願っても、信じてもらえなければ、一方通行の願いは永遠に成就しない。
僕らは似ている。自分という存在が、相手がいることで成立している。ひとりだとただの鬼で、ひとりだとただの鳥。
白い虹に選ばれた理由が、僕らが出会った理由が、何となくわかり始めた気がした。