5話 誰のために何のために

文字数 2,194文字

その日、メロディさんは僕の家に泊まった。ぴよくんを挟み川の字になって床に就く夜。本当に家族みたいだと思った。寝ながらぴよくんが彼女に抱きついてしまわないか、ちょっとだけ心配だったけれど、朝起きると普段通り僕にくっついていた。

そして賑やかな朝食を堪能してから、「出逢ってくれてありがとう。また会いましょうね」と言い残して、新たな出逢いの旅へと出発した。彼女の背中が見えなくなるまで手を振るぴよくん。どことなく、その目元に寂しさが浮かんで見える。

「ぴよくん、寂しい?」

「さよならは、いつだって寂しい。でもこの世界にはこれからも間違いなくメロディがいる。たくさんのメロディに出逢って、日々変わり続けるメロディがいる。そして、変わらずにずっと家族。そうだろう?」

「うん」

僕らには、世界を旅する勇敢な家族がいる。距離が離れていても、いつでも心で繋がれる家族がいる。僕はそれを、誇りに思う。


***


いよいよ今日で人化27日目。再び虹が出るまで、残り一週間。お昼に僕の、そしてぴよくんの大好きな山菜うどんを作っているとき。隣で手伝いをしていたぴよくんはその手を止め、ただ静かに料理を進める僕の手を目で追い始めた。

「どうしたの?」

「ふくは……」

「うん?」

「……やっぱりいい」


「そっか」

心模様が顔に出やすい彼の言いたいことは何となくわかったけれど、彼自身が言いたくなるまで待つことにした。

そして静かにうどんを完食してから、彼は初めてひとりで散歩に出掛けた。しばらくして戻ってきた彼の手には、四つ葉のクローバーが握りしめられている。それはとても喜ばしいことだろうに、目があった瞬間に大粒の涙が溢れ出し駆け足でこちらに引き寄せられてきた。

「ふくっ!」

まるで僕を離すまいと力強く抱きつくぴよくん。涙ながらに心の中を打ち明けてくれた。

「ぴよは、ひとりでも生きていけると、そう信じてた。でも今は、家に帰れば、ふくが待っていてくれる。それだけで、泣くほど嬉しい。ぴよは、あまりに、ひとりじゃない幸せを、知り過ぎた」

「うん。それは僕も同じだよ、ぴよくん」




偶然の出逢いが、堅固な信念をいとも簡単に崩すことがあると知った。僕を僕たらしめる信念がこうもたやすくたわむとは思ってなかった。でもこれは決して不快な感覚ではなく、むしろ目が覚めたようで爽快な気分だ。僕はいつだって変われると確信したからだ。僕らしさの定義はいつだって良いように好きなようになりたいように変えられる。僕はもう、ひとりぼっちの神様じゃない。僕は、世界中の人々の幸せを切に願う神様であると同時に、世界中でたったひとりの君を大事にすると誓った僕という存在だ。それらは相反しない。僕にはそれが可能だと、僕自身を信じているからだ。それができると、君が教えてくれたんだ。



***


次の日の昼下がり。木漏れ日が降り注ぐクスノキの下でお揃いのお弁当を食べた後。それまでニコニコと楽しんでいたぴよくんは、一変して物憂げな表情で僕の膝の上におさまった。

「ふく。ぴよのこと、聞いてくれる?」

「もちろん」

「これは別に慰めてほしいわけではないのだ。でも、聞いて欲しい。……。


ぴよは、幸せの黄色い鳥の、最後の生き残りなのだ。まあ正しくは、ひめを入れて最後のふたり。だから、次に虹を見るときは、ひとりに戻るときなのだ」

「そうだったんだ。ねえ、メロディさんみたいに、世界を探し回ったら仲間が見つかる可能性はないのかな?」

「それはない。ぱぱぴよから、幸せの黄色い鳥が住むのは、この国の、あの湖のほとりだけだと聞いている。そふぴよもそう言っていたぞ」

「なるほど」

「ぱぱぴよもままぴよも、そしてひめもいなくなってからしばらく経つから、自分をひとりだと自覚することも忘れて、寂しいの感情も、なくなったと思ってたのだ。でも、違った。見えないように、蓋をしてただけだったのだ。今は、ふくと手が繋げる、ふくと笑える。ふくと一緒なら、毎日幸せなのだ」

「ありがとう」

「でも、ぴよは知ってるぞ。ふくには神様として、大事なお役割がある。そしてふくはそれを大事に思っている。それに神様は、鳥と違って、永遠の命がある。ぴよは、ふくが幸せなら幸せだ。だから、ぴよは……」

湖に戻る。その言葉が見えるのに、彼も僕も、それを受け止めたくなかった。その勇気がない。

「ぴよくん。僕らは家族だ。だからもう、ひとりぼっちにはならない。たとえ離れ離れになったとしても、一緒に過ごした時間が僕らの絆を永遠のものにしてくれるからね。もし種族がバラバラになって今みたいに言葉が通じなくても、心で通じ合える。僕はそう信じているよ」


正直、僕は未だに解除の虹を見るかどうか迷っている。お祈りを長期間お休みしても人々に災いは起きていないから、神様としての僕がいなくても、きっと他の神様の力があればこの世は安泰だろう。それに、僕にとって永遠の命は重要でもなければ魅力的でもない。むしろ君がいなくなった後もひたすら生き続ける日々は、きっと毎日が曇り空。

ふと、いつかの疑問が頭をかすめる。



僕は、誰と一緒に、何をして、生きていきたいのだろう。



あと一週間で、答えが出せるのかな。

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